月別アーカイブ: 2014年5月

「世間愛」いつもいい人でいてしまう

おはようございます。
昨日は暑かったですね。
庭の草むしりをしようと思ったのですが、暑くてあきらめました。
今日も暑くなるのでしょうか。
さて、今日の花は先週に引き続き、ばらシリーズで「ツルバラ」です。
カレスティアの庭で、きれいに咲いています。

世間愛・ツルバラ

今日も「世間愛」について、例をあげて書かせていただきます。
例えば、こんな方はいませんか?
友達や知り合いと話しているときに、
「ねえ、◯◯は、どう思う?」
「・・・うん、そうだよね。そうそう。」
本当は違うのだけれども、自分の意見をはっきりと言うのが苦手。
ついつい、相手に合わせてしまう。
そして、にこにこと笑ってしまう。
自分の意見を押し通して、「変な人」「嫌な人」と思われたくない。波風をたてなくない。それで、自分を押し殺して、ついつい相手に合わせる。
実はこれも「世間愛」なのです。
人からどう見られているかを過剰に意識している結果、そのような行動パターンが自分の中にできあがっているのです。
「世間愛」というのは、言葉から伝わるイメージよりももっと、広い範囲を指しています。
「わたしに世間愛はないかな?」と思っていた方、ちょっとドキッとしませんでしたか?
次回も引き続き、世間愛について書かせていただきます。

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スピリチュアルカウンセリングのご相談はカレスティアのホームページをご覧ください。
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「世間愛」おしゃれ

おはようございます。
散歩をしているとあちらこちらのおうちの庭にバラがたくさん咲いています。
良い香りも漂ってきて、おもいがけず、豊かな気持ちになります。

カレスティアの庭では、「伊豆の踊子」という黄色いバラが咲きました。
沢山のつぼみがついていますので、かなり楽しませてくれそうです。

世間愛・黄色いバラ

今日も引き続き、「世間愛」について、例をあげて説明していこうと思います。

あなたは「人からどう見られているか」が気になる、ということはありませんか?

「友達と出かけるけど、今の流行を取り入れた服装にしよう。」
とか、

「この服はあまり着てないけれど、去年買ったものだし・・・。」
とか、

「このメイクなら、目が大きく見えるかな。」
などなど。

若い人なら、よく考えることだと思いますし、年齢を重ねていても、そうでしょう。

おしゃれをすることは決して悪くありません。
自分の気持を高めてくれたり、TPOにあわせた服装やお化粧は大切です。

しかし、こんな何気ない日々のおしゃれの中にも世間愛は潜んでいます。

それは、自分の好みや気持ちを押さえて、他人からどう見られるかや流行を重視することによって、知らず知らずのうちに、「人からどう見られているか」が行動や思考の基準になってしまうのです。

そうなると、この深みにどんどんとはまっていってしまい、「世間愛」から抜け出せなくなってしまいます。

「世間愛」とは決して大げさなものではなくて、わたしたちの日常のすぐ隣にあるものなのです。

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「世間愛」刷り込み

おはようございます。
今朝は少し肌寒いですね。

今日の写真は、カレスティアの庭や道路の脇にたくさん咲いている花です。
ネットで調べたら、「キンケイギク」という名で、なんと、特定外来生物に指定されているのこと。

きれいな花なのですが、繁殖力が高くて、生態系に悪影響を与えるおそれがあるのだそうです。
なんだか意外ですね。

世間愛・刷り込み

今日も引き続き、「世間愛」について、例をあげて説明していこうと思います。

主人公は子供が二人いらっしゃる奥様です。

一家そろって、ご主人の実家に泊まりに行くことになりました。
家を出る前、あなたはやんちゃん子供たちにこう言い聞かせています。
「いい?絶対におばあちゃんの家で、悪ふざけしたり、お行儀の悪いことしないでよ。そういう事をするとママが恥ずかしい思いをするんだからね。」

ご主人の実家についた子供たちは、最初のうちはおとなしくしていましたが、しばらくすると、ろう下をかけ回って、大騒ぎを始めました。義理の両親はご主人と歓談していて、気づいていないようです。
「やめなさい!そんな事やっていると、おばあちゃんに叱られるわよ。」

夕食の時間になりました。子供たちは、食欲旺盛でたくさん食べているのはいいのですが、下の子はテーブルに食べ物をこぼしています。上の子は、おはしの持ち方が変です。

食事が終わって、子供たちと向き合ったあなたは
「◯◯ちゃん、食べ物をこぼすのはやめて。ママ、恥ずかしいじゃない。△△、あれほどおはしの持ち方を教えたのに、どうしてできないの。まるでママが何も教えていないみたいじゃないの。」

さて、どうでしょうか。
この奥さんの発言は、全て「世間愛」です。
基準が「他人からどう見られているか、それによって、自分がどう評価されるか」になっています。

そして重要なことがもう一つ、無意識のうちに「世間愛」を子供たちに刷り込んでいます。

「世間愛」は、人の成長過程で、周りの人から無意識のうちに植えつけられていくことが多い、というのも特徴のひとつです。

この奥様の発言。改めて見てみると、「世間愛」なのが分かりますが、うっかり自分も、このような発言をしていませんでしょうか。

次回も引き続き、日常にある「世間愛」を例にあげて書こうと思います。

「子供の育て方、間違っていなかったかしら?」
そう悩んだ時は、指導霊に相談してみてはいかがでしょか。
詳しくはホームページをご覧ください。

「世間愛」車選びのとき

おはようございます。
今日もさわやかないい天気ですね。

カレスティアの庭にとてもよい香りのする花が咲いています。
ネットで調べたら、スイカズラの花だそうです。
植えたわけではないのですが、いつの間にか咲いていました。
特に朝は、スイカズラの周辺に濃厚な甘い香りがしています。

世間愛・スイカヅラ

今日も引き続き、「世間愛」について、例をあげて説明していこうと思います。

前回までは、政治家の例でしたので、なんとなく他人ごとだったかもしれません。
いよいよ今回からは、わたしたちの日常を例にしていきます。

あなたのパートナー(夫や妻)が、車を買おうとしています。
お休みの日に家族といっしょに、近くのカーディーラーにいきました。

パートーナーには実はもうお目当ての車があるようで、迷うことなくその車に直行です。
ドアを開けたり、中に乗り込んでみたり、パートナーは喜々としています。

でもあなたは不満です。
たしかに子供含め、家族全員が乗れる車ではあります。
しかし、どうみてもパッとしない車です。
高級感もありません。

そしてなにより、友達の家族が乗っている車より明らかに一回り、いえ二回りは小さいようです。
それで思わずこう言ってしまいました。
「ねえ、◯◯さんちは☆☆に乗っているんだよ。せめて同じクラスにしてよ。恥ずかしいよ。」

さて、どうでしょうか。
この車が、自分たちの家族にとって、どれくらい活躍してくれるか、とか、買い物やお出かけに便利そうとか、そういった基準で判断しているのではなく、「他人からどう見られるか」、「他人と比較してどうか」が判断基準になっていますね。

これが「世間愛」です。

自分で車を選ぶときも同じことが言えます。
その車で何をしたいか、どれだけ便利になるかといったことではなく、「この車にのっている僕って、かっこいい?」とか、「友達から一目おかれる?」という気持ちがどこかにあるのであれば、それは「世間愛」です。

車ばかりではなく、家、ペット、なんでもそうです。

選択の基準に「他人からどう見られるか」が、無意識のうちに刷り込まれていませんか?
「世間愛」とはそれくらいに、わたしたちの日常にひそんでいるものなのです。

次回も引き続き、わたしたちの日常にある「世間愛」を例をあげて説明していきます。

「いっその事転職したいけれども、大丈夫かしら?」
そう迷った時は、ご自身の指導霊に相談してみてはいかがでしょか。
詳しくはホームページをご覧ください。

政治家の世間愛

おはようございます。
朝は爽やかですが、日中は結構、暑くなってきましたね。
今日の花は、たぶん・・・アヤメです。
アヤメとショウブ、そしてカキツバタの違いをネット見たのですが、今ひとつ自信がありません。
とりあえず、アヤメということにさせてください。笑

政治と世間愛・アヤメ

今日も「世間愛」の例をあげて説明していこうと思います。
前回が政治家の話でしたので、今回も政治家を例にあげます。

県知事や市長などいわゆる首長になると、文化会館やホールなどのいわゆる箱物や橋や道路を造りたがる人がいますね。

町にみんなが集まって、文化的催し物をする施設、または代用できる施設が全くない。
というのなら、そういった施設を造ることに意義もあるでしょう。
しかしその町の人口や文化事業の頻度は考慮されているでしょうか。
数千人しかいない町なのに、とても立派なホールを建てた。しかし、クラッシク・コンサートもポップ系コンサートも年に1度も開催されない。年に数回、地元のピアノ教室の発表会が開かれるだけ。

近くに集落もない山間部に、総工費何億円かかったのだろうと思うくらいの立派な橋。でも、その橋がなければ、隣の町にいけないわけでもなく、1日に通る車はせいぜい数十台。

人口の小さな町ばかりではありません。それなりの人口がある町でも、すでにある施設で十分に転用できるのに、似通ったような建物が次々と建てられています。

建てることだけを考えて、維持費や運営費をあとの代の人達にツケとして残す。
こんな施設が、日本中のいたる所にあります。

これらの施設の庭に、首長の銅像はありませんか?
橋のたもとに、市長直筆の石碑はありませんか?
これはもう完全に「世間愛」です。

首長が、後世に自分の名を残したいという「欲」なのです。
次回も引き続き、「世間愛」を例あげながら、説明さしていきます。

「自分には世間愛がない」と思っていませんか?
自分のことだからこそ、客観的に見えないこともあります。
ご自身の指導霊に尋ねてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。