月別アーカイブ: 2014年8月

自己愛の原因

自己愛・ハート石

ハート石

なにを自己愛と呼ぶのか、なぜ自己愛がおこるのか、これを把握することはとても大切なことです。

自己愛とは、端的にいえば「自分さえよければ良い。人のことはどうでも良い」ということだと思います。
自己愛がおこる理由ですが、これは「肉体があるがゆえの生存本能」としているものが多いと私は考えています。

「自分さえよければ良い。人のことはどうでも良い」は、すぐにご理解いただけると思います。

では、「肉体があるがゆえの生存本能」に起因するとは、なんでしょうか?
もう少し詳しく説明したいと思います。

それは、現世に生きている限り、わたしたちは肉体を無視することはできません。
肉体を養なわないと、やがて衰え、死に至ってしまうからです。
・・・死といっても、肉体の死であって、魂は死にませんが。。。

人類は、長い長い間、飢餓を経験してきて、いつも死と隣り合わせでした。
日本をみても、飢えから解放されたのは、ごく最近のことです。
世界中には、まだ飢えから解放されていない国もたくさんあります。

この「肉体を守らないと生きていけない」という危機感が、私たちの記憶に刻み込まれ、たくさんの自己愛を生み出している、と私は考えます。

・欲しい物は全て欲しい
・残り少ないものはとりあえず確保する
・人と分け合うなんて、思いもつかない
・人のことよりはまず自分

どうでしょうか?
これらの欲望=自己愛は、飢餓感が遠因としていると感じませんか?

「肉体をもっている限り、永遠に自己愛との戦いである」と私は考えています。

現世で自己愛を手放す努力を最後の最後まで続けること。
それができて初めて、魂だけの霊界にいったとき、自己愛からはじめて開放されるのでは?とさえ考えています。

次回は、どうしたら隣人愛に生きられるのか?について、書かせていただこうと思います。

迷った時、悩んだ時には、スピリットガイド(指導霊)からのアドバイスを受けてみませんか?
詳しくはホームページをご覧ください。
ホームページ

「天国の住民が教えてくれること」

最近ある人に教えていただいた本を紹介したいと思います。
それは、「天国の住民が教えてくれること」 ポール・ミーク著 新紀元社です。

「人生において、いったい何冊出会えるか」というくらい、本当にすばらしい本です。
・・・教えてくださった◯◯さん、ありがとう!

天国の住民が教えてくれること

簡単にポール・ミークさんを紹介します。
ポール・ミークさんは、ミディアム(霊媒)として活躍されている方で、プライベート・シッティングはもちろん、スピリチュアル教会での公開デモンストレーションも定期的に行なっておられます。イギリス出身ですが、現在はドイツにお住まいです。
時折ドイツのテレビ番組にも出演されています。

この本は、ミディアムとして活動するにあたって、クライアント様に対しどのようなことに心配りをし、霊界に対して、どのような思いで望むべきかといったことが書かれています。

ミディアムとして活躍している方にはまさに「必読の書」です。

またそれだけではなく、霊界と現世界がどのように構成されているか、英国スピリチュアリズムの思想についても多く書かれています。
・・・ミディアムではない方々にも多くの学びを得ることができます。

そしてなによりも素晴らしいのは、クライアント様とのエピソードを通して、いかに霊界が愛にあふれているか、ということが随所に出てきます。
ポール・ミークさん自身の真摯で愛にあふれた人柄が文体にも現われ、暖かで清涼感のある書物になっています。

惜しいことに現在、この「天国の住民が教えてくれること」は、絶版になっています。
しかし、ネットで探すと、まだ中古を手に入れることができます。

私はこの本を生涯をかけて、何回も読んでみたいと思っています。
みなさまにもお薦めの一冊です。

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「思い出のマーニー」

おはようございます。

アメブロからWordPressへお引越しして、初のブログです。^ ^

お盆あたりからジリジリとするような暑さがなくなりましたね。
過ごしやすくて助かりますが、夏が去ってしまうようで、なんだか寂しいです。

家から歩いて7〜8分のところにお寺があるのですが、そこの用水路に見事なハスの花が咲いていました。
ハスの花って、なんだか幻想的ですね。

ハスの花

ハスの花

今日は最近見た映画について書かせていただこうと思います。
その映画は「思い出のマーニー」です。

思い出のマーニー

娘が夏休みで暇そうにしているので、家内から、映画を見に行かないかと誘われました。その映画が、「思い出のマーニー」だったのです。

スタジオジブリの映画が公開中だったのを知りませんでしたし、宮崎駿が監督した作品ではなかったので、正直、過度の期待はせずに観に行きました。

ところがです。
ものすごくスピリチュアルな映画だったのです。
そう、一点の曇もないスピリチュアルな作品でした。
感動、涙、愛のぬくもり。

映画をまだご覧になっていない方のためにストーリーはあえて書きません。
ぜひご覧いただければと思います。
映画館に足を運ぶときは、ハンカチをお忘れなく。。。

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ボランティアと「自己愛」

今日は朝から小雨が降っていて、涼しいですね。
暑い日が続いていましたので、過ごしやすくて助かります。

ボランティアと自己愛

あなたのまわりにボランティアに参加されている方、もしくはボランティアに参加された経験がありますか?
ボランティアは以前に比べて、かなり身近になってきました。
自然災害が発生したときに被災した人へ食事を提供したり、復旧活動に参加するといった緊急かつ、大規模なものがある一方、日常の生活のなかで、お年寄りの話し相手になったり、子供たちに読み聞かせをしたりといった、身近なものもあります。
ボランティアはとても素晴らしいことです。
しかしボランティアにも「自己愛」が潜む可能性があります。
「なぜボランティアをするのか」という動機が大切なのです。
あなたがボランティアをしたとき、なぜしたのかを思い出してください。
・困っている人を助けたかった。
・自分ができることを役立てたかった。
・気がついていたら、やっていた。
いいですね。素晴しいです。
まさに「隣人愛」です。
・自分が良いことをしているのを人に見てもらいたかった。
・選挙に立候補したかったので、その地盤作り。
私のブログを読んでくださっている方なら、これらの動機は「自己愛」なのがすぐに分かっていただけると思います。
なぜなら、ボランティアを通して、自己利益を求めているからです。
では、こんな経験はありませんか?
・手を差し伸べたのに「ありがとう」と言ってくれなかった人がいて、腹がたった。寂しかった。
・ボランティアの経験をほかの人に話したが、反応が薄く、興味を持ってもらえなくて、残念だった。
もしこれらの感情が湧いてしまったのなら、残念ながらそのボランティアは「自己愛」で行ったことになります。
ボランティアは「無償の愛」で行うものであって、そもそも感謝してもらうことを期待してはいけません。もし感謝してもらえたら、それは想定外の喜びです。
そして、ボランティアは人に共感してもらうために行うためのものではありません。自分が突き動かされて行うものです。また、その行為を人に話すべきではありません。
「自己愛」は本当に私たちの身近に潜んでいて、「隣人愛」の仮面をかぶっていることすらあるのです。

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おせっかいと「自己愛」

今日も暑いですね。
日差しが強すぎて、いのちの危険すら感じそうです。笑

おせっかいと自己愛・ひまわり
さて、今日も「自己愛」について、例をあげて書かせていただきます。
「自己愛」の対極にある言葉は「隣人愛」です。
あなたの周りに「親切な人」はいますか?
困っている人を放っておかず、親身になって動いてくれる。そんな人です。
では、あなたの周りに「おせっかいな人」はいますか?
色々とやってくれるのはいいのですが、こちらが望んでいないこともあれこれ世話をやいてくれて、思わず苦笑してしまうような人です。
・・・?
「親切な人」と「おせっかいな人」は、何が違うのでしょうか?
どちらも当の本人にとっては、「人のため」と思って、行動しているはずです。
「親切」と「おせっかい」は紙一重なのでしょうか?
いいえ、違います。
「親切な人」は、相手のことを真剣に考え、相手が本当に望むことだけをします。
相手が必要としないことはしません。
そして、相手が経験しなければいけない困難には、あえて援助をしません。
近くで見守って、必要な時がきたら、そっと手を差し伸べてくれます。
一段高いところから、辛抱強く、そしてたくさんの愛をもって、見守っていてくれているのです。
「おせっかいな人」は、自分だったら、こんな時にこうして欲しいだろうな。こうしてもらえるとうれしい。そう考えています。
ボランティア精神はたっぷりあるのですが、相手の立場に立って考えるというスタンスには欠けています。
そして、転ばぬ先の杖になろうとします。
「困難=あってならないこと」と思っています。すべての困難を払拭しようとします。
辛いこと、困難がないこと、それが、幸せだと信じています。
実は、「おせっかい」は「自己愛」なのです。
視点や価値観が、すべて「自分」にあるからです。
どこまでも相手の立場で考え、高みで見守り、辛抱強くあること。
これが本当の「隣人愛」なのです。
「自己愛」には、言葉から感じる事とは、だいぶ違うものも含まれています。
家族や友人に援助をする前に、それが本当に「隣人愛」なのか、それとも「自己愛」なのか、ちょっと考えてから行動できるといいですね。

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