月別アーカイブ: 2017年5月

念の影響を受けないためにやるべき3つのこと

念の影響を受けないためにやるべき3つのこと

他人からの念が飛んで来て、影響を受けていると感じる時がありますか?
そういったときは、やるべきことが3つあります。

まず、過去にこのブログで紹介した防御の仕方をためすこと。これには人それぞれに向き、不向きがありますので、いくつか実際に試して、自分に最も合うものを見つけてください。
「防御のしかた」紫色のマント
他はカテゴリー「防御の仕方」をご覧ください。

次にやるべきことは、念を発している人からのコネクションを断ち切ることです。これについては、下記をご覧ください。
サイキック・バンパイアからの解除の仕方

そして最後に仕上げとして、大切なことは「相手を忘れること」です。

念を感じたり、不調だと思うたびに、あなたが「また○○(名前)か!」と思うことは、意図せず、相手とのつながりをもつことになるからです。
つまり、相手からつなげてくるばかりでなく、あなたがつないでしまっているのです。

念の影響を受けないようにする仕上げとして、「○○のことを忘れることができますように」と祈り、名実ともに相手を忘却の彼方に追いやることが大切なのです。

「私の不調は誰かの影響なのかしら?」
そう思った時は、お客様の指導霊に尋ねてみてはいかがでしょうか。
真相を知り、その対処方法を教えてもらうことができます。
詳しくはホームページをご覧ください。

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妖精

妖精 | カレスティア

プラムの実がふくらんできました

スピリチュアリズムや神秘主義、ヨーロッパの古い言い伝えなどで、妖精(ようせい)はよく出てくる概念の一つです。

馴染み深いと言っていいと思うのですが、改めて「妖精って何ですか?」と尋ねると、人によって様々な答になり、定義がいまひとつはっきりとしないといえるかもしれません。
今日は、英国スピリチュアリズムに関わる人たちの間で語られる妖精についての考え方を書こうと思います。

まず最初に、妖精は空想の産物ではありません。ちゃんと存在します。
・・・大丈夫かこの人って、思った人いますよね?^^

私はいままで、2回見たことがあります。
まず1回目は早朝の森林の中で、野草の花を咲かせるために忙しく飛び回っている姿を見ました。激しく動いていたので、じっくりと観察することはできませんでしたが、人に近い姿をしていました。そして、羽が生えていたようにも見えたのですが、いまひとつ、はっきりしませんでした。

そして2回目、これはかなり強烈な体験でした。
茨城県の大洗海岸で車を停め、海を眺めていると、遠くの方に防波堤のような形状で、山と同じくらいの高さに海が盛り上がっているのが見えたのです。ありえないような景色が広がっていましたので、思わず周りを見回したのですが、車でサボっている営業マンらしい人が何人かいましたが、海の方は見ていませんでした。
そのまま、15分くらい見続けていたのですが、待ち合わせの時間が迫っていたので、仕方なく車を動かしました。そして運転中に急に「あれはオケアノスだ!」と、急にわかったのです。妖精について書かれている本を読んでいたので、オケアノスのことはもちろん知っていたのですが、それを見ている時には、何だかわからなくて、ぼうっとしていたのです。不思議ですね。

ところで、妖精は何のために存在しているのでしょうか。
実は私たちと同じく、霊的進歩向上の過程にあり、役割があるのです。

人は人との関わり合いの中で、自らの魂を磨き、隣人愛に生きることによって、一歩ずつ霊的成長の階段を登っていきます。
それに対し妖精は、自然界への貢献によって、魂を向上し、霊的成長をしていくのです。

ある妖精たちは植物と深い関わりがあります。植物は周期的に、花が咲かせ、葉が茂らせ、やがて実をつけます。しかし、温度、日照時間、降水の変化だけでは、このように変化することはなく、妖精たちの関与が必要なのです。
先ほどのオケアノスは、海の浄化を行なっています。
このように、動植物たちの生命維持と繁殖、そして自然界の浄化や運行に妖精が深く関わっているのです。

そして、私たちが究極的に霊的向上をすると天使になるのと同じように、妖精たちも究極的に霊的向上すると天使になるのだそうです。
ですから天使には人出身の者と、妖精出身の者、両方がいるのだそうです。

日頃疑問に思っていることや神秘的と思っていることについて、指導霊に尋ねてみてはいかがでしょうか
詳しくはホームページをご覧ください。

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人類は超能力を少しずつ失ってきた

人類は超能力を少しずつ失ってきた | カレスティア

五感とは視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のことです。
いずれも肉体の器官を通して、情報をキャッチします。
それに対し、肉体の器官を使用せずに情報を得るのが「超能力(サイキック)」です。

超能力には「超」という字がつくくらいですから、かなり特別な力で、ごく一部の人たちだけが持つものという感じがするかもしれませんが、実はそれほど大げさなものではありません。超能力は誰でも持っている能力の一つです。

たとえば、
・じゃんけんのとき、相手が何を出すかわかる
・「当たりそう」と思ったくじが当たる
・予感が働く
・デジャヴュー(既視感)を見る
など、これらを体験した方も多いと思います。
これも立派な超能力なのです。

しかし、人間は知恵を発達させ、技術革新を続けて行く過程で、超能力を少しずつ失ってきました。つまり、古代の人は自分の直感や能力を信じて生きてきたけれども、時代が進むにつれ、能力が鈍くなり、それらを信じなくなってしまいました。

失ってしまっても良い能力なんて、本当はないはずです。
現代の私たちは超能力に真の価値を見いだせていないだけで、本当はもっと大きな可能性を秘めているのかもしれません。
自分のカンやひらめきに疑いを持たずに、もっと大切にしてみたいものです。

自分では気がついていない才能を知りたいとお思いですか?
ご自身の指導霊にあなたが気づいていない才能や能力について尋ねることができます。
詳しくはホームページをご覧ください。

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先祖供養は必要か

先祖供養は必要か | カレスティア

柿に花が咲くなんて、今まで知りませんでした

スピリチュアルカウンセリングで時折、「先祖が成仏できていないので、先祖供養をしなさいと言われました。本当でしょうか」という相談を受ける時があります。

お客様の指導霊に尋ねると「そのようなことはないので安心しなさい」と言われることがほとんです。そして時には「あまりにもナンセンスです」と憤り(いきどおり)をもって回答されることもあります。

スピリチュアルカウンセリングの終了後、事情を伺ってみると新興宗教の教祖や幹部の人にそのように言われ、そして、「先祖供養のために○○をしなさい」とか、「入信しなさい」と続くらしいのです。

彼らは霊界を一体どんなところだと思っているのでしょうか?
おどろおどろしい、恐怖の世界だとでも思っているのでしょうか。

霊界はひとことでいうなら「愛の世界」です。
懲罰や懲らしめなどとは無縁の世界です。

確かに一時的に中間世にとどまってしまうことはあります。でもそれは、自殺か、この世に凄まじいくらいの執着を持っている限られたごく一部のスピリットだけです。

しかし、そういったスピリットも永遠に中間世にいるわけではありません。指導霊の言葉に耳を傾け、心を落ち着かせ、自分の波長が霊界の波長と同調するようになれば、いつでも霊界に行くことができるのです。

ここで大切なのは、霊界に行けるかどうかは、スピリット自身の意思によるということです。決して、高名な僧侶や霊能者の祈祷によって、スピリットを霊界へと移動(成仏)させることはできません。

では、お墓まいりやお仏壇に手を合わせることに意味はないのかと言うと、そんなことはありません。

あなたが、他界した父や母、先祖を思う気持ちは霊界に届きます。
「わたしたち家族はみんな元気にしています」といった報告や、「安らかにお過ごしください」といったスピリットへの心遣いは霊界は大歓迎です。
供養のためにお墓まいりや手を合わせているのだとしたら、それは意味をなしていません。

それでも本当に成仏したか心配ですか?
あなたの指導霊に他界した大切な人が今どうしているかを尋ねることができます。
詳しくはホームページをご覧ください。

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意識体は肉体から離れたがっている

意識体は肉体から離れたがっている | カレスティア

スイカズラが一斉に咲きました。甘いいい香りが漂っています

意識体(魂)が主で、肉体は乗り物のようなものだということを、このブログで何回かお伝えしてきました。

さて、いつも一緒にいる意識体と肉体は、よほど相性が良いのだろうと思うと、どうやらそうではないようです。意識体はすきさえあれば、すぐにでも肉体から抜け出てやろうと、チャンスをうかがっているようなのです。

一体どういうことなのか、わかりやすく説明してみようと思います。

意識体をあなた、そして肉体をコントで使うお相撲さんの肉襦袢(じゅばん)だとイメージしてみてください。
どういったわけか、あなたは肉じゅばんをずっと着ていなくてはいけません。しかし、肉襦袢を着ていると動きにくいし、歩きにくいし、窮屈この上なく、少しも快適ではありません。一刻も早く、肉じゅばんを脱いでしまいたいという衝動にかられるのは想像にかたくないと思います。

これがまさに、意識体と肉体の関係なのです。

意識体だけの状態であれば、移動することに物理的な制約が一切ありません。「○○に行きたい」と思うと即、○○に着きます。
そして視覚、聴覚といった五感も眼球や鼓膜といった肉体の器官を通すよりも、意識体だけの方がはるかに優秀で敏感です。それに肉体があるとさっぱり機能しない霊感も良く働きます。

つまり意識体にとって、肉体は「足かせ」のようなもので、不都合極まりないものなのです。

そのため夜、眠りについた時はもちろんのこと、昼間ちょっとウトウトとした時や高熱を出した時、病気で体力を失った時など、肉体による締め付けが緩くなると、その瞬間を待ってましたとばかりに、意識体は肉体からポーンと離れていってしまうのです。

ただし、肉体と意識体はシルバーコードと言われているひものようなものでつながっていますので、いつまでも出歩いているわけにはいきません。
肉体の活動が戻り出すと、飼い犬のリードを引っ張られるのと同じ要領で、また肉じゅばんの中に戻っていかなくてはならないのです。

この世と霊界の謎を知りたいと思いませんか?
スピリチュアルカウンセリングで、指導霊に日頃の疑問を尋ねることができます。
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