カテゴリー別アーカイブ: スピリチュアリズム

富を得た経緯が大切

富を得た経緯が大切 | カレスティア

しゃくなげ

世の中には本当に裕福な人たちがいます。

超がつく高級住宅地に住み、めったに目にすることのない高級車に乗り、家事は家政婦さん任せ、というような「いったいどうやって儲けているの?」と思ってしまうくらい、お金を持っている人たちがいます。

しかしこういった人たちをうらやんでも、何の意味もありません。

彼らは努力を重ね、市場の支持を得たことによって、裕福になったのかもしれません。そういった人たちが豊かになるのは当然です。

しかし中には、マネーゲームでうまくいった人たち、時流をつかんで運が良かっただけ、という人たちもいます。

彼らは時代の寵児のようにもてはやされますが、そのきらめきはまるで花火のように、ほんの一瞬です。5年後、10年後も彼らが富を維持できているかは、はなはだ疑問です。

収入とは本来、「誰かの役に立った」り、「誰かに喜んでもらった」ことの結果なのです。
ここに霊的真理と、現世界の経済原理があります。

金銭や富は霊界には存在しません。「収入を得る」ことも「富を得ること」も、現世界だからこそできることなのです。収入や富を得る経緯に重要な意味があり、体験することが大切なのです。

結果(富)ばかり追い求めて、経緯(なんのために仕事をするか)をないがしろにしないよう気をつけたいものです。そこをおろそかにすると、たとえどんなに富を築いても、砂上の楼閣となり、気がついた時には、あっという間に崩れ去ってしまうのです。

自分のビジネスはどうしていまひとつ、ぱっとしないのだろう?
そう悩んだ時には、スピリチュアルカウンセリング で、お客様の指導霊に相談してみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

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変化を受け入れる

変化を受け入れる | カレスティア

ニラバナが一面に咲いて、お花畑になっています

魂の浄化のために必要なことのひとつに、「変化を受け入れる」というのがあります。

人は生きている年月に比例して、多くの経験を積んでいきます。そして、「◯◯は△△というもの」という図式が各人の中にでき上がっていきます。これの良い面としては、何かが起きた時にその都度、動揺することなく、冷静に対処できるというのがあります。他人から見ると人生の重さと感じることもできるでしょう。

しかし、こういった図式を多く持てば持つほど、物事を新鮮に考えられなくなるというマイナスの面もあります。

何かが発生するということはそこに因果律が働いているのかもしれません。もしかしたら、指導霊からのサインかもしれません。

しかし、そういったひとつひとつを「◯◯は△△というもの」「人生とはこんなもの」で片付けてしまっては、気づきのチャンスを失うことになります。

さらに、人生経験を積めば積むほど、変化を好まなくなる傾向も出てきます。

私たちは自身の至らなさや不足している部分を「今度こそはできるように」と決意して、現世界に生まれてきています。それなのに、変化を恐れ、昨日と同じ日々を望んでいてよいわけはありません。

スピリチュアリズム(魂の浄化)の素晴らしさの一つに、時間切れがないというのがありす。「もう歳を取ってしまったから無理」と諦めなくてよいのです。自分のよくない点に気づいたら、いつでも取り組むことができるのです。現世界を離れるまで、チャンスはずっと続くのです。

変化を好まず、保守的になっていないか、今一度、自分に問いてみてはいかがでしょうか。
もし変化が受け入れられなくなっていたら、それは魂の浄化が鈍化している兆候と戒めた方が良いのかもしれません。

自分はこのままでいいのだろうか。間違っていないのだろうか。
ふと自信がなくなったときは、スピリチュアルカウンセリング でご自身の指導霊と相談してみてはいかがでしょうか。
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妖精

妖精 | カレスティア

プラムの実がふくらんできました

スピリチュアリズムや神秘主義、ヨーロッパの古い言い伝えなどで、妖精(ようせい)はよく出てくる概念の一つです。

馴染み深いと言っていいと思うのですが、改めて「妖精って何ですか?」と尋ねると、人によって様々な答になり、定義がいまひとつはっきりとしないといえるかもしれません。
今日は、英国スピリチュアリズムに関わる人たちの間で語られる妖精についての考え方を書こうと思います。

まず最初に、妖精は空想の産物ではありません。ちゃんと存在します。
・・・大丈夫かこの人って、思った人いますよね?^^

私はいままで、2回見たことがあります。
まず1回目は早朝の森林の中で、野草の花を咲かせるために忙しく飛び回っている姿を見ました。激しく動いていたので、じっくりと観察することはできませんでしたが、人に近い姿をしていました。そして、羽が生えていたようにも見えたのですが、いまひとつ、はっきりしませんでした。

そして2回目、これはかなり強烈な体験でした。
茨城県の大洗海岸で車を停め、海を眺めていると、遠くの方に防波堤のような形状で、山と同じくらいの高さに海が盛り上がっているのが見えたのです。ありえないような景色が広がっていましたので、思わず周りを見回したのですが、車でサボっている営業マンらしい人が何人かいましたが、海の方は見ていませんでした。
そのまま、15分くらい見続けていたのですが、待ち合わせの時間が迫っていたので、仕方なく車を動かしました。そして運転中に急に「あれはオケアノスだ!」と、急にわかったのです。妖精について書かれている本を読んでいたので、オケアノスのことはもちろん知っていたのですが、それを見ている時には、何だかわからなくて、ぼうっとしていたのです。不思議ですね。

ところで、妖精は何のために存在しているのでしょうか。
実は私たちと同じく、霊的進歩向上の過程にあり、役割があるのです。

人は人との関わり合いの中で、自らの魂を磨き、隣人愛に生きることによって、一歩ずつ霊的成長の階段を登っていきます。
それに対し妖精は、自然界への貢献によって、魂を向上し、霊的成長をしていくのです。

ある妖精たちは植物と深い関わりがあります。植物は周期的に、花が咲かせ、葉が茂らせ、やがて実をつけます。しかし、温度、日照時間、降水の変化だけでは、このように変化することはなく、妖精たちの関与が必要なのです。
先ほどのオケアノスは、海の浄化を行なっています。
このように、動植物たちの生命維持と繁殖、そして自然界の浄化や運行に妖精が深く関わっているのです。

そして、私たちが究極的に霊的向上をすると天使になるのと同じように、妖精たちも究極的に霊的向上すると天使になるのだそうです。
ですから天使には人出身の者と、妖精出身の者、両方がいるのだそうです。

日頃疑問に思っていることや神秘的と思っていることについて、指導霊に尋ねてみてはいかがでしょうか
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書物に書かれていることが普遍とは限らない

書物に書かれていることが普遍とは限らない

すみれの花が咲いていました。かれんな花ですね。

私がスピリチュアリズムと出会って、もう四半世紀を超えました。

そして今日にいたるまで、たくさんのスピリチュアリズム関連の本を読んできました。その中にはもちろん、名著と呼ばれるものもたくさんあります。そういったたくさんの書物から、少しずつ知識を蓄え、バラバラの点と点をつなぎ合わせていくような、気の遠くなる作業を20年以上続けてきた、という思いが私にはあります。

しかし、職業としてたくさんのスピリットたちと会い、話をするにつれ「それって本当ですか?」と思わず言いたくなるようなことが語られることがたびたびあります。

たとえば、
・死に際に自分の遺体を見る
・魂がたくさん集まって、それが再度分割して再生する
・人生の反省をいつするのか
・霊界の街の様子
・ツインソウルやソウルメイト

書物を読んでいるとセオリーというか、死後必ずこういったことが起こると思いがちなのですが、スピリットに尋ねてみると「ないわけではないけれども、むしろ稀なことです」と言われてしまうのです。

いったいなぜこのようなことになるのでしょうか。

私はある仮説をたてました。それは
「書物に書かれていることはあくまでも作者の体験に過ぎない。それと同じことを多くの人が体験するかというと、そうとは限らない」
というものです。

もう少しわかりやすく、たとえ話で説明しましょう。

新聞には様々なことが書かれています。たとえば、
・工場が爆発した
・通り魔事件があった
・誘拐事件があった

これらは決して嘘ではありません。本当にあったことです。

しかし、私が住んでいる近くの工場は爆発しませんし、道路を歩いても通り魔に会うこともありませんし、誘拐されることもありません。
誰かの体験でしかなく、私が体験するとは限らないのです。

名著と呼ばれる書物でさえ、そこに書かれているすべてのことが普遍的だとは限らないのです。

スピリチュアルカウンセリングで、霊的真理や人はどう生きるべきか、といった質問をご自身のスピリットガイド(指導霊)に尋ねてみませんか?
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物理霊媒

物理霊媒 | カレスティア

暖かい日が続いていたのに、また寒くなってしまいました

霊界から現世界の人々への働きかけは、時代とともに様変わりしています。
その一番の顕著な例が「物理霊媒」ではないでしょうか。

物理霊媒とは特別な霊的能力をもたない人たちにも、見たり、聞いたりできる、心霊現象のことです。

スピリチュアリズムが勃興した1850年代、フランスの上流社会では、数名の友人たちが家に集まって降霊会をひんぱんに開いていたそうです。
そこでよく行われていたのが、集まっている人々の質問に答えて、テーブル全体が浮きあがり、脚をトントンと床に叩く「テーブルターニング」という現象です。当時、相当流行っていたようで、「おたくのテーブルの具合はいかがですか」というあいさつが交わされていた、というのですから驚きです。

また、ヘンリー・スレードというミディアムは2枚のスレート(石板)の間に石筆を挟み込み、テーブルの上に置くと、誰もそれに触れていないのに、数分後にはスレートにメッセージが書かれているという心霊現象を公開していました。

「霊媒の王」の異名をとるダニエル・ダングラス・ホームは様々な霊現象を公開していましたが、特に有名なのが空中浮遊で、日中の明るい日差しの中、ホームがベッドに横たわると寝たままの姿で浮き上がり、窓から外へ出て、再び窓から入ってベッドに降り立つという現象を見せていました。

スピリチュアリズムにどっぷりと浸かって、25年以上が経つ私ですが、物理霊媒といわれるものをいまだに全く見たことがなく、ただただ当時の人たちがうらやましい限りです。

そのことをイギリスのアーサー・フィンドレー・カレッジでシモーン先生に話したところ「イギリスにテーブルターニングを行う高齢の男性がいらっしゃるが、もうこの方が最後の物理霊媒師かもしれない」とのことでした。

さて、何が言いたくてここまで長々と書いてきたかと言いますと、霊界には明らかに意図があるということです。

「死後の世界があります」「人は死んだら終わりではありません」ということを世間の人々に広く知ってもらうため、霊界が熟考を重ねて用意したツールが物理霊媒でした。

さて現代はどうでしょうか?
「死後の世界はあります」と熱く語らずとも、全てとは言いませんが、当時に比べて、とても多くの方が、死後の世界を体感的にまたは直感的に受け入れています。

つまり物理霊媒はもうその役割を終えたのです。
心霊現象は決して気まぐれなものではなく、霊界からの意図と意志を持って行われているのです。

私の指導霊は私のことをどう思ってるんだろう?
そんな素朴な疑問も、スピリチュアルカウンセリングで、尋ねることができます。
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