カテゴリー別アーカイブ: 隣人愛

「隣人愛」自分のものさしをもたない

お花が咲いてないかな?と、庭を歩いてみたのですが、不思議とこの時期、あまり咲いていないんですね。
しかし、やっと見つけました。チェリーセージです。

隣人愛自分のものさしを持たない

クラリセージはハーブで有名ですが、このチェリーセージは、花も葉も特に香りがしませんでした。
同じセージでも、色いろあるんですね。

「隣人愛」で、まず行うべきことは、「自己愛」と「世間愛」を捨てることだと、前々回のブログに書かせていただきました。

これは簡単にいうと、愛を注ぐ人が「自己の利益を求めてはいけない」「自分のエゴを入れてはいけない」。(自己愛)
そして、手をさしのべることによって、ひとから「いい人」と思われることを期待してはいけないということでした。(世間愛)。

今日は、心がけていただくといいなあ、と思うことを書かせていただきます。
それは、「自分のものさしをもたない」ということです。

どうしても、ひとを見ると、「もっとこうだったらいいのに」、「あと一息なにの残念だなあ」なんて、判断していませんか?
それも上から目線で。笑

こうなると何かをしても「隣人愛」というよりも、「施(ほどこ)し」になってしまうと思うのです。

ひとのどんな姿を見ても、どんなことに気がついても、「ふ〜ん、そうなんだあ」と、ありのままを受け入れる。
批判も、判断もしない。

これって、大切な事だと思うのです。

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「隣人愛」 隣人とはどこまでを指す?

昨日は十五夜でしたね。
曇りがちでしたが、ときおり雲の間から満月が顔をのぞかせてくれました。
子供の頃は、ススキとお団子をおそなえしましたが、今ではすっかりやらなくなってしまいました。
来年はやってみようかな。

隣人愛で隣人とはどこまでを指す?

 

主はおっしゃいました。
「自分を愛するように隣人を愛しなさい」と。

もちろん、その通りです。
では、隣人とはいったいどこまでを指すのでしょうか?

犯罪者?自分に敵対する人?自分に悪意のある人、そんな人までも?
ちょっと極端でしたが、私にはとても無理です。笑

これらの人々も自分を愛するように愛すべきなのでしょうが、それができるのは、霊性を相当上げた人だけがはじめて、できることだと思います。
自分の霊性をあげないで、これらの人を愛そうとすると、思わぬしっぺ返しにあってしまうのではないでしょうか。

私が考える隣人とは、「自分の霊性レベルにあった範囲内」のことだと思っています。だから、ひとりひとり、隣人の範囲が違うと思うのです。

自分の霊性レベルを客観的に判断できる人はなかなかいませんから、まずは、「身内・家族」を隣人の範囲として、スタートしてはいかがでしょうか。つまり、父、母、兄弟姉妹、伴侶、子供です。
厳密にいうと、身内や家族は隣人ではありませんが、これらの人たちとの愛ができていないのに、他人である隣人を愛することはできないと思います。

では、どうしたら良いのか?

身内・家族に自分のエゴ、つまり自己愛や世間愛をいれることなく、身内・家族のありのままを受け入れ、理解し、愛することです。
やってみると意外に難しいことが分かると思います。

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どうしたら隣人愛に生きられるのか?

すっかり涼しくなってしまいましたね。
今朝、庭を歩いていたら、いがと一緒に、大粒の栗が落ちているのを見つけました。

隣人愛・栗といが

もうすっかり、秋なのでしょうか?
気持ち的にはまだまだ夏なのに、早すぎます。笑

さて、今日の話題は「どうしたら隣人愛に生きられるのか?」です。

「隣人愛」とは、人としての究極の生き方であり、永遠の目標だと、私は思います。

しかしながら、隣人愛は簡単なようで、とても難しいと、あらためて感じることが多いです。
でもだからといって、手をこまねいているわけにはいきません。
どうしたら良いのでしょうか?

私は、私なりの一つの道筋を見つけています。
それは、「自己愛と世間愛を捨てること」です。

隣人愛に真っ向から対立するのが、「自己愛」と「世間愛」です。

人を大きな器とたとえるなら、この器の中は、すでにいっぱいで、飽和状態です。
もうこれ以上なにも入れることはできません。
だから、不要な「自己愛」と「世間愛」を一つずつ、捨てていくのです。
この捨てる努力をいつも続けていくことによって、あいたスペースに「隣人愛」が入っていくのではないか、と思っています。

何かが欲しいと思うのなら、まずは手放すこと。
それも、欲しい物に対立する汚いものを捨てること。
まずすべきことは、これではないでしょうか。

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