精霊の役割

月桂樹

月桂樹

今日は、精霊とはどのようなものを指して、何をしているのかについて書きます。

ちなみに、カトリックでよく使われる「父と子とせいれい」のせいれいは、「聖霊」ですので、今日の話題とは違います。あらかじめご理解ください。

さてあらためて、精霊とはなんでしょうか。

みなさんが最もイメージしやすくて、精霊に近いのは「妖精」だと思います。
妖精は想像の産物ですので、正しくは精霊ではないのですが、よく知られている妖精の一部には、精霊に近いものがいます。

それは春になると、スティックを振りながら、野原の植物に次々と花を咲かせる妖精です。こういったシーンをアニメで見たことがあるのではないでしょうか。この妖精と同じように、植物に花を咲かせる精霊がいるのです。

では、精霊はどのような姿をしているのでしょうか。
アニメやイラストで見る妖精は人間の容姿に羽が生えていますが、精霊は必ずしも、人型とは限りません。気体のようなガス状の精霊もいれば、液体のような精霊もいます。

さてそれでは、精霊は一体何をしているのでしょうか。

それは一言で言うと「自然界の調和と運行をつかさどる」のが精霊の役割です。

たとえば、先ほど紹介した精霊のように、植物たちに働きかけて、花を咲かせ、葉を茂らせ、実をつけることを促進させている精霊がいます。植物は単に太陽の運行、昼と夜の長さや温度変化だけで、花を咲かせたり、実をつけているのではないのです。

他には海の浄化をしている精霊もいます。
海は、川の流れによって、地上のあらゆる物の行き着く先であり、終点です。川からはゴミも流れてきますし、人のあらゆる想念が転写された水も流れてきます。海は地球の7割を占めていますから、汚れた液体のまま放置していると、地球が大変なことになってしまいます。それゆえ、海を浄化をしている精霊がいるのです。

同じような理由で、大気を浄化している精霊もいます。

さらにいうと、精霊の役割は完全に専任制です。
一人の精霊が、花を咲かせたり、大気を浄化したり、海も浄化するということはありません。精霊には一つの役割が決まっていて、生涯にわたって、その役割に徹するのです。

さて、ではなぜ精霊はこのような役割をしているのでしょうか。

答えは、実は私たち人と同じ理由です。

私たち人は現世で、魂を浄化して、愛に生きることを目指しています。その目的は、魂の進歩と向上です。
一方精霊は、任務を忠実に果たすことによって、魂の進歩と向上を目指しているのです。
つまり、アプローチは違いますが、どちらも同じ目標を持っているのです。

このことは、天界を見るとすぐにわかります。

天使には元が人であった天使と、元が精霊であった天使がいます。天使になってまだまもない天使、つまり下位の天使は顔立ちに現世の面影が残っています。
以前人だった天使は、いかにも人っぽい顔立ちをしていますが、元精霊だった天使はどことなく、人とは違った風貌をしているのです。

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自殺を考えたら

ウメの花

春は着実に近づいています

私たちは生きている限り、苦しいことが起こります。辛く悲しい時もあります。全ての望みが失われるような激しいむなしさに襲われる時もあります。そういった時、思わず「死んでしまえばどんなに楽か」という思いが脳裏によぎります。

今日は、絶望の真っ只中で、どうすれば自殺という最悪の選択をせずにすむのかについて書きます。

まず最初にお伝えしたいのは、どんな苦しい状況であったとしても、それは因果律によって起きているということ。自分がしてきたことの結果が、今の苦しい立場をまねいているのです。いいかえると、苦境は自分の間違いに気がつくチャンスでもあるのです。
しかし、本当に苦しい時は、そんなことを考える余裕ありません。因果律について考えるのは、ひと段落してからにしましょう。

では、苦しい時にどうしたら良いのでしょうか。
それは「考えることを一切やめてしまう」ことです。

みなさんも経験があると思いますが、絶望した時には、頭の中が真っ白になります。これはパニックにおちいっている証拠です。

そのパニックを過ぎると今度は、何をしてもダメだ、生きる気力が湧かないといった、むなしさに襲われます。実はこのむなしさに襲われている時がもっとも危険なのです。この時期にどう過ごすかが、自殺からのがれられるかが、かかっているのです。

むなしさや絶望を感じている時に最もしてはいけないことは、善後策を考えたり、融資先を探すなど、「思考と行動すること」です。

考えるな、とはいっても、そんな気持ちにはならないと思います。
たとえば、会社に損害を与えるようなことをしてしまったり、自分の会社が倒産しそうだったり、借金が返せなくなったり、大好きな人から別れたいと言われてしまったら、何かをしなくてはいけない、そして一刻の猶予もないと考えることでしょう。

しかし、実際は思っている以上に猶予はあるのです。

会社に損害を与えてしまった場合なら、上司に叱られ、職場の仲間に頭を下げ、賠償または懲罰の判断がくだるまで、かなり時間があります。どんなに早くても一週間はかかります。1ヶ月近くかかることも珍しくはありません。

会社が2回目の不渡りを出してしまった。倒産してしまう!という状況になったとしても、猶予はあるのです。
会社は2回目の不渡りを出しても倒産しません。銀行取引が停止するだけです。銀行取引が停止されると、取引業者が用心をして、かけで商品を仕入れることができなくなります。しかし、現金でなら仕入れられます。つまり、うまくやれば復興の可能性があるのです。もし、倒産するとしても、銀行取引停止から実際の倒産まで、どんなに早くても3ヶ月はかかるものです。

借金の返済も時間はあります。返済日に口座から引き落とせなくても、再引き落としは翌月です。事情をちゃんと説明すれば、3ヶ月くらいは信販会社も貸し付けた銀行も待ってくれます。

恋人から別れようと言われても、言われたその日からすぐに音信不通になることはまずありません。話をしたり、Lineをしたりといった猶予が数日、場合によっては1ヶ月くらいはあるものです。

では、考えることを一切やめて、どうしたら良いのでしょうか。

次にやるべきことは、妻や夫といったパートナー、子供がいる人でしたら子供たちといった大切な家族と実際に顔を合わせることです。そして、できれば抱きしめることです。
結婚していない人でしたら、両親のもとを訪ねてください。そして両親が心配そうに覗き込んでくる顔を目の当たりにしてください。

自分は一人ではないということがわかると思います。自分は家族に支えてもらっているという事実を改めて知ることができるでしょう。

家族との絆を体験できたら、次にやることは、今起きている問題と家族のどちらが重要かを考えるのです。

たとえどんなに深刻な失敗であっても、会社が倒産しそうでも、恋人と別れることになったとしても、パートナーや子供、親よりも大切ということはないはずです。
自分には本当に大切なものがあるということを改めて知ってほしいのです。

ここまでできたらもう、心に余裕が生まれてきます。

大切な人たちと共に生きることを第一として、今起きている問題をどうやって解決するか、立て直すのか、それとも手放すのか、冷静な判断ができるようになっているはずです。落ち着きをとりもしたら、いよいよ思考を巡らせ、知恵を絞ります。信頼のおける人や、税理士、弁護士といったプロに相談するのも良いでしょう。

むなしさというのは想像以上に強い負の力を持っています。
その負の力に飲み込まれないようにすることが、自殺をまぬがれる方法なのです。

抜け出すことができないような苦しみにある時は、指導霊に相談してみてはいかがでしょうか。
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スピリットが放つ光

マンリョウ

マンリョウ

今日はスピリットと光について書きます。

実はスピリットは、みずから光を放っているのです。意外だったでしょうか。

光ときくと、多くの方は、懐中電灯や太陽の光を思い浮かべると思います。これらの光を直接見るとまぶしさを感じます。しかし、スピリットが放つ光は直接見ても、まぶしくはありません。

また、照明のように、闇を照らすということもありません。
さらにいうと、スピリットが放つ光には明るさだけではなく、暗さもあります。光と暗さは反対の意味ですから、矛盾を感じると思いますが、暗さを放っているとしかいいようがないのです。

このように、スピリットの光については、私たちが住む世界ではうまく表現をする方法がなく、私たちが知っているどの光とも違います。

また、スピリットが放つ光には、強い、弱いがあります。
あるスピリットが放つ光はとても強く明るいのに対し、他のスピリットが放つ光はそうでもありません。もちろん光の強さは、強弱の2段階ではなく、無段階です。

またこの強弱は暗さにも同じことが言えます。ほのかな暗さから、漆黒まで無段階にあります。

ただし、光の強弱は絶対的なものではありません。

たとえばAさんとBさんが同じスピリットを見たときに、Aさんは「かなり明るい」と感じたのに、Bさんは「かすかな明るさ」と感じることがあります。

光の強弱は、見ている人を基準にした主観的なものなのです。

見ている人よりもスピリットの霊格が高い場合は明るく感じ、見ている人と同じくらいの霊格だと、かすかな明かりと感じます。そして、見ている人よりも霊格が低い場合は、暗いと感じるのです。

さて、スピリットが放つ光の正体はなんでしょうか。これは一言で言うと「愛」なのです。

以前、このブログで、霊界には夜がなく、ずっと昼間であるということ、四季がなくいつも暖かく過ごしやすいこと、しかし、スピリットが後ろ向きな気持ちになると冬のような寒さが訪れるということを書きました。

これらの現象が起きるのは、霊界における光の正体は、神から届けられる愛だからです。

この愛に対してどのくらい向き合っているかが、霊界のそれぞれ界の明るさや温度となって反映されるのです。ひたすら神に向かっている天界や霊界での高い層はまぶしいくらいの明るさに包まれています。
そこそこ愛と向き合っている界は、私たちが住む世界の昼間と同じくらいの明るさです。一方、後ろめたい気持ちの人や悪い事を好むスピリットたちは愛とほとんど向き合っていませんので、彼らが住む界はうす暗く、まるで夕方のようです。

霊界を照らす光は神からのものであり、それをどれくらい受け取るかはスピリット側の問題なのです。

一方、スピリット自身が放つ光は、スピリットの愛の反映なのです。

強く明るい光は、愛、特に隣人愛にあふれている証拠。
そして、暗さを放つスピリットは、隣人愛の反対側、つまり自己愛にあふれている証拠なのです。

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