普通の生活をしていると、人は霊的真理の存在になかなか気がつきません。たとえ、分かったとしても、霊的真理にたどり着くことは困難です。
それを基本とした中で、スピリチュアリズムの書物を読んだり、セミナーを受けることで、霊的真理を学ぶというのは、魂の浄化への近道、つまり、ズルをしていることになってしまうのではないか、と心配する方もいらっしゃるようです。
実際のところ、どうなのでしょうか?
結論を先に述べますと、心配は無用です。
今日は私たちが、霊的真理を学ぶことに後ろめたさを感じる必要がない、理由について書きます。
現世界に生まれてきた私たちは例外なく全員が、魂を浄化し、隣人愛に生きることを目標にしています。
たとえて言うと、人生は山登りに似ています。それも、現世界に生まれた人は全員、「同じ山」の山頂を目指しているのです。
同じ山ということは、山頂は1つです。
山頂にたどり着くための道はたくさんあります。山頂に辿り着ければ良いので、どの道を使っても良いのです。
スピリチュアリズムの黎明期には何人もの高級霊が、霊的真理を霊訓という形で人々に伝えました。
もし、現世界に生きる人が霊的真理を学ぶことが悪であるなら、高級霊が霊的真理を伝えるはずがありません。よって、人が霊的真理を学ぶことは悪ではありません。
さらに、山頂に到達するには、たった1回の現世界の生活では不可能です。
今、霊的真理を学んだとしても、次の再生の時には忘れてしまいます。
そもそもすべてのスピリットは、霊界で霊的真理を学んでいます。その事実さえも、現世界に生まれると忘れてしまうのです。
要は霊的真理を知っているから自制して、魂の浄化や隣人愛に生きるだけでなく、何も知らないのに、無意識に霊的真理に従った生き方ができることが、現世界における最終目標なのです。
霊的真理を学ぶことは、山頂に至る道の経過点であり、カンニングやズルには当たりません。
自分の生き方が霊的真理に沿っているか気になりますか?
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詳しくはホームページをご覧ください。
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