他界した人はいつ達観できるようになるのか

皇帝ダリヤ

皇帝ダリヤ

ミディアムシップが終ったあとに、「生前とほとんど変わらないのですね」という感想をおっしゃる方がいらっしゃいます。

人は他界したからといってすぐに、公平な意見を持ったり、高い視点でものを考えられるようになるわけではありません。みなさんが想像している以上に良くも悪くも、昔のままなのです。

もちろん、他界した人はいつの日にか、自己中心的な考えが少なくなり、真剣に家族のことを考えられるようになって、物欲からも解放されのですが、それには結構時間がかかります。

ではどれくらいかかるのか、簡単に計算をしてみましょう。

人は他界してすぐに「霊界の病院(パラダイス)」に行きます。
ここで、病いの疲れや精神的苦痛を取り除き、霊界の波長と同調できるまで、保養をします。多くの方は1年くらいかかります。大病を患ったり、心労が多かった方ですと1年半くらいかかることもよくあります。

「霊界の病院」を出ると、いよいよ霊界に行くのですが、最初の霊界はその人の霊格とは完全には適合していません。「とりあえず」のところです。このとりあえずの霊界は、霊界に慣れるのが主な目的なので特別なことは何もしません。ここで数ヶ月過ごします。

霊界に慣れたら、今度はその人の霊格に適合した階層へと移動します。
ここでいよいよ「人生の振り返り」を行います。たとえば、80歳で他界した人であれば、生まれた直後から、他界するまでの80年間の全てを再生します。本人はとっくに忘れてしまっているような些細なことも全部です。1周目はただみて、感想を述べるだけですが、それでも最短で5年はかかります。自分の人生と素直に向き合うことができない人ですと、10年くらいかかってしまうことも珍しくはありません。

1周目の人生の振り返りで、謙虚さを身につける方もいらっしゃいますが、多くはそうではありません。何がよくて、何が悪かったのかさえ、よくわからないというのが正直なところでしょう。

人生の振り返りを終えると次は霊的真理を学びます。
これにもかなりの年数をかけます。少し学んでは、学んだことに該当する自分の人生を再生し、指導霊から「どうしたほうが良かったのでしょうね」と尋ねられます。最善の回答ができる人は少なく、大抵は、まとはずれな受け答えをして終わりになるそうです。これに5〜10年かかります。

これを終えると、再び霊的真理を学びます。
最初の学びよりももっと深く、愛や真理、宇宙の成り立ちについて学びます。
この学びの途中でも、人生の要所を再生し、指導霊から質問を受けます。この段階までくると多くの方が、自分がいかに霊的真理からはずれた生き方をしていたかが、わかるようになります。これにも5年くらいかかります。

ここまでくるとやっと、物欲から解放され、霊的真理を理解することになります。

では全てを加算してみましょう。
全てが最短コースでいけた人ですと16年と半年くらい、てこづってしまった人ですとさらにプラス10年くらいという結果になります。

ミディアムシップを希望される方は、お話をしたい人が他界されて1年半〜5年くらいとうのが最も多いようです。そうなると、霊的真理の習得からは程遠く、「生前とほとんど変わらない」という感想を持たれるのも無理からぬことなのでしょう。

もう一度話しがしたい大切な方がいらっしゃいますか?
ミディアムシップで、他界した方とお話をすることができます。
詳しくはホームページをご覧ください。

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なぜ幸せではないのか

人はなかなか「幸せ」を感じることができません。今日のブログでは「どうして人は幸せを感じることができないのか」そして、「どうしたら幸せを感じることができるようになれるのか」について、お伝えします。

人は「幸せ」というものに対して貪欲です。とくに人生の節目には、幸せな選択ができるかどうか真剣に悩みます。たとえば「○○さんと結婚したら、幸せになれるかな」とか、「3社から内定をもらった。どの会社に就職したら将来幸せになれるかな」といったようにです。

こんなにも追い求めている「幸せ」ですが、人は「幸せの本質」を本当に理解しているかというと、案外そうでもありません。
なぜなら「幸せ」とは客観的事実ではなく、第三者から見て判断できないからです。

少したとえ話しをしましょう。

誰もがあこがれる一等地に住んで、高級車に乗り、シーズンごとに高級な服を買い、エステに通って、一流レストランでいつでも食事をすることができる。でも、満たされない気持ちや、むなしさを感じていたら、その人は自分のことを「幸せ」と思っているでしょうか。おそらく「ノー」でしょう。

もう少し近いたとえ話しをしましょう。

水道をひねったら飲み水が出てきて、夜になればスイッチを押すだけで照明がつき、お風呂もボタン一つでお湯がたまり、飢えることなく三度の食事ができる。

このブログを読んでくださっているほぼ全員が、上記に当てはまると思います。
でも、読者のみなさん全てが「幸せだ」と感じてはいないでしょう。

ほんの少し前まで、水は井戸まで汲みに行っていました。台所にある瓶に水をいれておかないと、飲み水に困ります。お風呂に入ろうと思ったら、湯船がいっぱいになるまで、バケツで水を汲まなくてはいけません。水がたまったら、薪に火をつけて、お湯を沸かします。火が消えたり、沸かし過ぎにないように気を配らなくてはいけません。飢饉や戦争がなく、飢えの苦しみから解放されたのなんて、人類の歴史でごく最近のことです。

昔の人たちが私たちの暮らしを見たら、まるで王族の生活のように見えるでしょう。
それなのに私たちは「幸せだ」とは感じていません。

このように「物の豊かさ」と「幸せ」は必ずしも一致しないのです。

では違う面に光を当てて、再びたとえ話しをしましょう。

あなたの両親は二人とも健在です。パートナーは仕事に励んでいます。子供たちは学校に行き、部活を楽しんでいます。あなたはパートとして働いています。夕方には家族そろって夕食を食べます。

なんて幸せなことでしょう!いえ、違います?

「母が用もないのに長電話をしてきます」
「パートナーは私の話を聞いてくれません」
「子供たちは勉強をしないで、ゲームばかりしています」
「パート先に嫌な人がいます」

きっとそう答えるでしょう。

人はどうしても「不足していること」に目が行きがちです。そして、その不足していることをなんとかしたいと思って、頭の中をいつもいっぱいにしています。これが「私たちが幸せを感じることができない原因」なのです。

幸せを感じたいのなら、不足していることに目を向けるのではなく「満たされていることに目を向ける」べきなのです。

たとえば、
「母は元気でなによりです」
「パートナーはゴミ出しをしてくれます」
「子供たちは私が作った食事をおいしいと言って食べてくれます」
「お仕事をさせてもらえています」
というようにです。

満たされていることに目を向けると、日々の暮らしが、たくさんの喜びにあふれていること、そして、それらはまるで奇跡のようだということに気がつくはずです。

ではまとめましょう。

「私たちが幸せを感じられないのは、不足に目を向けているからです。
幸せを感じたいのなら、日々当たり前と見過ごしているひとつひとつに感謝をすることです。」

たったこれだけです。

「幸せ」は誰か(人や会社)がもたらしてくれるものではありません。感謝できるかどうかにかかっている、このことをしっかりと心にとめておけば、幸せな人生を送ることができます。

感謝する気持ちになれませんか?
そういうときは、スピリチュアルカウンセリングで、胸のつかえを解いてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

ヘブンリー・カフェ 12月開催のお知らせ

村田哲郎

12月5日(日)にカレスティアの渋谷サロンで瞑想と、リラックスしたトーク交流会を行います。

スピリチュアルカウンセリングを受けてみたいけれども、もう一歩が踏み出せない。村田哲郎はどういう人なのだろうかと思ってらっしゃる方。ヘブンリー・カフェに参加して、実際の村田哲郎に会ってみて、ひととなりを確かめてみてはいかがでしょうか。

12月のヘブンリー・カフェにて村田からご提供する話題は
「人はなぜ悩むのか」
についてです。

村田からの話はもちろん、参加していただいたみな様が体験した出来事や、カレスティアのブログを読んで疑問に思ったことなどを質問していただき、みな様の考えをうかがったり、村田はどのように考えるかなどを自由な感じでトーク交流したいと思います。ご希望の方は下記のフォームメールからお申し込みください。

日付 12月5日(日)
時間 午前の部 10:00開始 11:30終了 定員になりました
   午後の部 13:30開始 15:00終了 定員になりました
場所 カレスティア 渋谷サロン ご予約の方に詳しい行き方地図をお送りします
費用 3,000円
募集人数 午前の部、午後の部ともに各5名 

ヘブンリー・カフェは4月、6月、8月、10月、12月に開催しています。