スピリットが放つ光

マンリョウ

マンリョウ

今日はスピリットと光について書きます。

実はスピリットは、みずから光を放っているのです。意外だったでしょうか。

光ときくと、多くの方は、懐中電灯や太陽の光を思い浮かべると思います。これらの光を直接見るとまぶしさを感じます。しかし、スピリットが放つ光は直接見ても、まぶしくはありません。

また、照明のように、闇を照らすということもありません。
さらにいうと、スピリットが放つ光には明るさだけではなく、暗さもあります。光と暗さは反対の意味ですから、矛盾を感じると思いますが、暗さを放っているとしかいいようがないのです。

このように、スピリットの光については、私たちが住む世界ではうまく表現をする方法がなく、私たちが知っているどの光とも違います。

また、スピリットが放つ光には、強い、弱いがあります。
あるスピリットが放つ光はとても強く明るいのに対し、他のスピリットが放つ光はそうでもありません。もちろん光の強さは、強弱の2段階ではなく、無段階です。

またこの強弱は暗さにも同じことが言えます。ほのかな暗さから、漆黒まで無段階にあります。

ただし、光の強弱は絶対的なものではありません。

たとえばAさんとBさんが同じスピリットを見たときに、Aさんは「かなり明るい」と感じたのに、Bさんは「かすかな明るさ」と感じることがあります。

光の強弱は、見ている人を基準にした主観的なものなのです。

見ている人よりもスピリットの霊格が高い場合は明るく感じ、見ている人と同じくらいの霊格だと、かすかな明かりと感じます。そして、見ている人よりも霊格が低い場合は、暗いと感じるのです。

さて、スピリットが放つ光の正体はなんでしょうか。これは一言で言うと「愛」なのです。

以前、このブログで、霊界には夜がなく、ずっと昼間であるということ、四季がなくいつも暖かく過ごしやすいこと、しかし、スピリットが後ろ向きな気持ちになると冬のような寒さが訪れるということを書きました。

これらの現象が起きるのは、霊界における光の正体は、神から届けられる愛だからです。

この愛に対してどのくらい向き合っているかが、霊界のそれぞれ界の明るさや温度となって反映されるのです。ひたすら神に向かっている天界や霊界での高い層はまぶしいくらいの明るさに包まれています。
そこそこ愛と向き合っている界は、私たちが住む世界の昼間と同じくらいの明るさです。一方、後ろめたい気持ちの人や悪い事を好むスピリットたちは愛とほとんど向き合っていませんので、彼らが住む界はうす暗く、まるで夕方のようです。

霊界を照らす光は神からのものであり、それをどれくらい受け取るかはスピリット側の問題なのです。

一方、スピリット自身が放つ光は、スピリットの愛の反映なのです。

強く明るい光は、愛、特に隣人愛にあふれている証拠。
そして、暗さを放つスピリットは、隣人愛の反対側、つまり自己愛にあふれている証拠なのです。

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指導霊との打ち合わせ

以前このブログで、私たちは寝ている間に指導霊と打ち合わせをしている、ということについて書きました。
・・・夜寝ている間にする4つのこと

今日はもう少し詳しく「なぜ寝ている間なのか」ということと、「具体的にどのようなことを」話し合っているのかについて書きます。

まず最初に「なぜ寝ている間なのか」について。

指導霊はいつも私たちのそばにいて、私たちの思考や行動をつぶさに観察しています。
そして、「これはまずい」「気がついてほしい」というときには、私たちに話しかけたり、サインをだしています。しかしだいたい、私たちは指導霊からのアクションを見逃して、失敗してしまいます。

なぜ、指導霊の言葉やサインに気がつかないのでしょうか。

それは、私たちが常に思考を続けているからです。何かを考えている、脳を動かしていることが、指導霊とのコミュニケーションのさまたげになるのです。

それゆえ、人が思考を止めている間、つまり、眠っている間に指導霊と対話をしているのです。

では次に「具体的にどのようなこと」を話し合っているのでしょうか。

話し合いはまず私たちのほうから、今日1日にあったことについて、報告します。そして指導霊が「あやまち(霊的真理にそむこと)に気がついていないな」と感じたら、「○○について、もう少し詳しく話してください」と言います。

それでもまだ、私たちが気がつかないようだったら、「どうしてそのように考えたのですか」と重ねて質問します。

ようやく私たちが自分のあやまちに気づいたら、今度は指導霊から「どうしたらよかったでしょうか」と意見を求められます。

指導霊からは「ああしろ、こうしろ」「こうやらなくてはダメだ」ということは一切言いせん。私たちが、みずからあやまりに気がつき、答えを導くことが大切なのです。

しかしいくら寝ている間に反省しても、目が覚めると全てを忘れてしまいます。
このままだときっと、同じあやまちを何度も繰り返してしまうだろうと判断したときは、あやまちに気がつくようにイベントを起こしてくれるように指導霊に頼みます。

もちろん、どんなイベントを起こすかは、自分で考えます。

多くの場合、ちゃんと立ち止まって、じっくりと考えることができるように、窮地に立たされるようなこと、病気といったような、不都合なことをイベントとして選びます。

依頼された指導霊は、私たちがイベントなしに気がつくことを願いつつも、依頼された条件が成立したらしゅくしゅくと、イベントを発生させるのです。

先日あったあの出来事は、何かのサインだったのかしら?
そう思った時は、スピリチュアルカウンセリングで、指導霊に尋ねてみてはいかがでしょうか。
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オーラの色と意味

オーラには色がついている(無色透明も含みます)、ということをこのブログで何回か書きました。

さて、オーラの色には意味があるのでしょうか?

答えは、「もちろんあります」。

では、色が意味するものはなんでしょうか。

世間でいう「スピリチュアルな」ことについて書かれている本を読んでみますと、「赤色のオーラは情熱」「緑色のオーラは忍耐」というようにオーラの色と意味が一覧で書かれています。

しかし、他の本には「赤色は愛」と書かれています。また別の本には「赤色は執着」と書かれています

一体どうなっているのでしょうか?

実はオーラには、「○色は△△という意味」という公式が成り立たないのです。

それ以前と言いますか、そもそもオーラは見る人によって、色が違って見えてしまうものなのです。

たとえば、ある人のオーラを二人の方が同時に見たとします。
するとAさんは「淡いピンク色だ」と感じます。しかしBさんは「黄緑色だ」と感じました。

ピンク色と黄緑では、似ても似つかない色です。どちらかが合っていて、どちらかが間違っているのでしょうか?いいえ、どちらも正解です。

オーラの色というのは、とても主観的なものなのです。

見る人の人生経験や価値観を通して、オーラを見ているので、色が違って見えて、当然なのです。

重要なのは「何色か」ではなく、その色を通して、「何を感じるか」なのです。オーラリーディングの結果が合っていれば、それでいいのです。

しかし、オーラには普遍的な部分もあります。
それはオーラが出ている「量」と「形状」です。これに関しては、どの人が見ても同じ結果になります。

オーラにはたくさんの情報があります。
みなさんがこれからも、オーラに対して興味と関心を持っていただけたら、うれしいです。
それも、「自分のオーラはこんななんだ」で止まってしまうのではなく、「自分のオーラの状態は望ましい状態なのかな、それともそうではないのかな。このオーラになっている理由はなんだろう」ということまで、考えていただければ、と思います。

オーラの状態が気になりますか?
ご希望であれば、スピリチュアルカウンセリングの際にオーラの状態やそれからわかることをお伝えいたします。
詳しくはホームページをご覧ください。

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