スピリットと天使の服装

ツバキ

ツバキ

今日は霊界のスピリットたちと天界の天使たちの服装について書きます。
この内容については、スピリチュアルカウンセリング やミディアムシップを通じて知ったことを中心に、私の指導霊に確認がとれたものだけを記載しています。

まず、霊界にいるスピリットたちですが、彼らも私たちと同じように服を着ています。しかし、現世界の私たちとはずいぶんと様子が異なります。

デザインについて
羽飾りやコサージュといった派手な装飾は比較的下層のスピリットたちが身につけています。そして、階層が上がるにつれ、デザインはよりシンプルになってきます。たとえば襟とポケットつきのシャツから、やがて襟なし、簡単な縫製がされたもの、最後にはギリシャ神話の登場人物のように、ただの布をまとうだけになります。

色について
これも下層のスピリットほど一人がたくさんの色使いをしています。しかし、センスのある組み合わせとは言えないものが多いです。
階層が上がると、一人が使っている色数が少なくなってきます。たとえばあるスピリットはアースカラーでコーディネイトしていて、あるスピリットはグリーン系でまとめてめているといった感じです。
さらに階層が上がると全身が生成(きなり)色になります。そして最高層ではついに、白一色になります。

次に天界の天使の服装です。

天界とはいえ低い層の天使たちは、ギリシャ神話のように縫製がされていない布をまとっていますが、スピリットとは異なり、白く輝いています。階層がさらに上がると、抜けるような白さになり、輝きがさらに増します。
そして最高層の天使になると、何も着ていません。そう、裸なのです。これは、「私には何も隠し立てすることがない」ということと純真無垢の現れなのだそうです。

では、霊界や天使たちの服はどこで手に入れているのでしょうか。

私たちは、服をお店で買います。

しかし霊界のスピリットも天界の天使たちも、服は自分では買いません。また、作りもしません。
ある日突然、何の前触れもなく、自分のクローゼットの中に新しい一揃えが用意されているのだそうです。なんとも不思議というか、にわかに信じられないような話ですね。

服はそのスピリット(天使)が霊界(天界)への社会的貢献が顕著だった時や霊的向上がはかられたときに与えられるのだそうです。また、その界で大きなお祝い事がある時にも、一斉に新しい服が配布されるのだそうです。

スピリットがどんな服装をしているかを見ることで、どの程度の霊格であるかを推し量ることができます。しかし、スピリット同士ではそれができません。

なぜなら、霊界は同じ霊格の者同士で界を構成していますので、みんな似たり寄ったりの服装をしているからです。それゆえ、「あの人は私よりも霊格が高い」と思うこともありませんし、「私の方が偉い」と感じて悦に入ることもありません。

持ち物や服装でマウンティングをしたり、逆にコンプレックスを持ったりしていませんか?
スピリチュアルカウンセリング で、あなたの何がそうさせているのかを尋ねてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

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攻撃をしない

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意識体の浄化を目指す生き方において、「人を攻撃してはいけない」というのがあります。

「人を攻撃してはいけない」
実に当たり前のことですよね。しかし私達は、自分が思っている以上に、実は人を攻撃をしているのです。

ではいくつか例をあげてみましょう。こんな場面を見たことはありませんか。
・レジをしている人に、老人が大声をあげている。ひたすら謝り続けるレジの人を許そうともせず、延々と謝罪を要求している。

・車を走らせていると後ろから来た車がパッシングをしてきた。道を譲るとなぜか幅寄せをしてきて、進路妨害をする。警笛を鳴らして、わめいている。

・ママ友の一人から、あることないことを言いふらされて、ママ友グループでの居場所がなくなってしまった。弁解のチャンスすら与えられない。

「これらは見たどころか、私がまさに経験したことです」と言いたくなるような内容だったのではないでしょうか。

これらの例で、実際に攻撃している人はもちろんいけませんが、着目してほしいのは、被害を受けているかたのほうなのです。

私達は、いくら平穏を願っていても、思いがけず、人から嫌なことをされることがあります。よく考えれば、自分のしたことに非はあるかもしれません。しかし、怒鳴られたり、立場をおびやかされるようなことまでしているとは言い難いのではないでしょうか。

こういったときに私達は何をしているでしょうか。

言い返したり、怒ったりしていませんか。
立場上そのようなことができなかったとしても、心のなかで相手をとっちめたり、のろったりしていませんか。

どちらが正しいとか、どちらに正義があるという話ではありません。

たとえどんなときでも、相手を攻撃してはいけないのです。
攻撃されたらやり返す、これは防衛本能です。しかし、意識体の浄化は、それさえも不可としているのです。

「左のほほを打たれたら、右のほほを差し出しなさい」
これはイエス様が言われた言葉です。

「人を攻撃してはいけない」
言うのは簡単ですが、行うのは実に難しいことです。

「自分はまだまだだなあ」
と思ったときは、がっかりするよりもまずはスピリチュアルカウンセリングで、指導霊の意見を聞いてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

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夢を理解する

毎晩のように、夢を見ますが、そのほとんどは起きるとすぐに忘れてしまうのではないでしょうか。しかし中には、起きてしばらく経っても覚えている印象的な夢もあります。今日はそういった夢が何を意味しているのか、ひもとくヒントをお伝えします。

夢には辻褄(つじつま)が合わない、何を意味しているのかが分からない、というものが多くあります。実はこれ、脳が仲介することによって起きる現象なのです。

ある刺激、たとえば指導霊やスピリットからのメッセージ、予感、生きている人からの念といったものを脳がいったん受け取ります。そして、脳自身が脳に理解できる内容に自動変換してまうのです。これが、辻褄のあわなさや不自然さの原因であり、メッセージや情報が分かりにくくなる理由なのです。

ではいくつか例をあげてみましょう。

「繰り返し見る夢」
何度も見たことがある同じ内容の夢。これは過去生での体験を見ている可能性があります。
しかし、細部に着目しますと、町並みや人々が着ている服装が現代的だったりします。過去生の体験であるならば、相応の古さを感じるはずです。しかし、こういった不自然さこそが、脳が変換した結果なのです。

では過去生を夢で見ることに何か特別な意味があるかというと、あまり意味がないことの方が多いです。日常の一部を切り取ったような、特別なことが起きない夢であれば、単純にアカシックレコード(記憶の倉庫)から、再現されたに過ぎません。

ただし、重大な出来事が起こったり、強い感情を伴うような場合ですと、話は別です。過去生での出来事が、現在の行動を縛っていたり、感情をコントロールしていることがあります。つまり、生を超えたトラウマといってもいいでしょう。

「不吉なことを暗示する夢」
夢の中で嫌なことが起こるのではなく、不吉なことが起きそうだと暗示するもの、たとえば、不穏な言葉、悪意を持った人々の視線といったようなものは、これから嫌なことが起こるという警告かというと、そうではないことの方が多いです。

ではどういった時にこの種の夢を見るかというと、倫理・道徳に反することや自分の中にある正義に反していることをしたり、考えているといった時によく見ます。

「こんなことをしていてはいけない」という気持ちが、良くない将来が起きるのでは?という不安を見せているのでしょう。

「聞こえない夢」
誰かが必死に自分に向かって話しているが、声が聞こえない。そもそも、それが誰なのかがわからない、といった夢です。

こういった夢の場合、指導霊やスピリットが何かを伝えようとしているのではなく、あなたが周囲の人と意思疎通がとれていない時によく見る夢です。

自分には意志の疎通がとれていないという自覚はありませんが、相手から「ああ、分かってもらえてないなあ」という思いが繰り返されると、念が積み重なり、このような夢を見ることがあります。

夢を解釈するのは難しく、とても一筋縄ではいきませんが、見た夢を額面通りに受け取るのではなく、今の自分のあり方と照らし合わせると、理解できることが多くあります。
よくない夢を見た時は、自分の生き方に霊的真理や愛から離れているのではと考え、軌道修正をするきっかけにしていただくと良いでしょう。

「この夢にはきっと意味があるはず」
そう思った時は、スピリチュアルカウンセリング で、指導霊に尋ねてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

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