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介護といかに向き合うか

ご家族の中に病気や障がい、老齢の人がいて、介護をしているという方もいらっしゃると思います。そういった方は、介護の苦労に加え、自分の生活とのバランス、先行きの不安といった様々な苦悩が重なり合い、辛い思いをされていらっしゃると思います。

今日は介護が必要な家族とどのように向き合っていったらよいのか、その指標となる考え方を私自身の体験とスピリチュアルカウンセリング を通して語られた指導霊達の言葉、そしてスピリチュアリズムの観点から、わかりやすくまとめてお伝えしようと思います。

介護といかに向き合ったらよいかは、以下の4つの視点に絞ることができます。
1 情で介護をしない
2 理想に縛られない
3 被介護者と自分と家族との関係
4 人生の目的と到達度
この4つとそれぞれのバランスです。では一つずつ解説していきます。

まずはじめに「情で介護をしない」についてです。

「かわいそう」とか、「前はあんなに元気だったのに」という気持ちで、かいがいしく世話をしていませんか?
残念ながら、それはあまり正しい向き合い方とはいえません。介護が必要になったのは、その人にとっての必然かもしれませんし、助けてもらう立場になってこそ気づけることがあるのかもしれません。「かわいそう」と思うのは、あなたの思い込みにすぎません。考え方を変えるべきです。

次に「理想に縛られない」について。

「できるだけのことをしてあげたい」と無理をしていませんか?
介護は介護される方とあなたの双方が笑顔でいることが、あるべき姿です。そのためには無理のない範囲で介護をすることが大切です。手が抜ける時は抜いて、忙しいときには他の家族やプロにお願いしてよいのです。すべてをあなたが完璧にやろうと思わないことです。

3つめ「被介護者とあなたの関係」

ここが最も大切です。
被介護者、わかりやすくするために仮に父とします。あなたとお父さんは、もともと関係のある組み合わせなのでしょうか。向き合うべき相手なのでしょうか?

あなたとお父さんが和解のために、または何かを乗り越えるために親子になったのだとしたら、愛憎や苦渋がたくさんあるでしょうが、真剣に取り組まなくてはいけません。そのために生まれてきたのであり、介護が締めくくりなのですから。

もし、あなたとお父さんとの間に取り組むべき課題がない、つまり初めての組み合わせだとしたら、他の家族と父の関係をみてみましょう。仮にあなたの弟と父との間に取り組むべき課題があったとしたら、弟に介護をしてもらうべきです。
「弟は親と離れて暮らしているから・・・」そんな状況は、関係ありません。あなたが介護をしていることが、意図せず、父と弟の関係改善の障害になっていることもあるのです。

そして最後に「人生の目的と到達度」について

あなたの人生の目的はなんでしょうか。ちゃんと取り組めていますか?到達度はどれくらいですか?

あなたが人生の目的に着実に取り組んでいて、年齢相応の到達度であるのなら、あなたとお父さんに向き合うべき課題がなかったとしても、人として、愛を分け与えるために介護をしても、もちろん大丈夫です。

しかし、人生の目標に取り組めていない、または進捗に遅れがある、なおかつ、お父さんとの間に課題がないのだとしたら、すぐにでも介護を他の方に頼むべきです。他の家族にもお父さんと関係がないのであれば、施設に入れることを検討してください。
こういう場合、指導霊からも「介護よりも、あなたがやるべきことをしなさい」と言われてしまいます。

ここで大切なのは「薄情なのではないか」「家族なのに」と後ろ髪をひかれないことです。
後悔の念を持ってあなたが他界してしまうと、本来は関係はないはずの父と、来世でペアを組むことになってしまいます。そして、どうあるべきかを学び直すことになるのです。

霊的真理やスピリチュアリズムは決してドライではありません。
むしろその真逆で、愛そのものです。

しかし人々は、本当の愛を理解できていません。
ついつい、情念の愛や世間的な愛と混同してしまうのです。大切な家族の介護だからこそ、冷静に考え、判断することが大切なのです。

「どのように介護をしていったらよいのかわからない。このままでは共倒れになってしまう。」
そんなときは、スピリチュアルカウンセリング で、ご家族とどう向き合い、介護をしていったら良いのか、指導霊からアドバイスをもらってはいかがでしょうか。あなたの置かれている状況に合った適切な言葉をもらえます。
詳しくはホームページをご覧ください。

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相手を理解する努力

梅のつぼみ

梅のつぼみがふくらんできました

今日のブログは、「相手を理解しようとする努力」が大切、ということについて書きます。

私たちは、人里離れたところで独りで生活をしているのでもない限り、人との接触やコミュニケーションは避けて通れません。

コミュニケーションと聞くと、「私は話し下手だから…」と消極的な気持ちになる方もいらっしゃると思います。しかし、コミュニケーションは話すことだけではありません。このブログでも以前ご紹介した通り、コミュニケーションとは自分の思いを相手に伝えること。そして、相手の話をよく聞き、表情や仕草、伝わってくる雰囲気など、言葉では表現されていない、さまざまな事柄も五感を総動員して、相手の立場や思いを理解すること。この両方ができて初めて、コミュニケーションが成立したといえるのです。決して、自分の言いたいことだけを饒舌(じょうぜつ)に語ることではありません。

実はこの「相手を理解しようとする努力」は、現世界だからこそ、できる体験の一つなのです。

霊界にいるスピリットには、意識体(魂)を覆う肉体がありません。意識体がむき出しの状態ですから、相手の思っていることは手に取るように分かります。そのため霊界では、相手を知ろうという努力が不要です。

一方、現世界は意識体が肉体で覆われているので、相手が何を思っているかはよくわかりません。だからこそ、「相手を理解しようとする努力」が必要になってくるのです。

ではなぜ、そんなまどろっこしいことを私たちは体験しているのでしょうか。

それは、相手を理解する努力を怠ると、人はどうしても自分中心に考え、自分が有利に、得になることばかり考えるようになります。そして、相手のことを思いやる気持ち(隣人愛)から遠のいていってしまいます。

つまり、「相手を理解しようとする努力」は隣人愛への第一歩なのです。

大切な人と会うとき、苦手な人と会うとき、重要な話をするときは、「相手を理解する努力ができますように」と、ひそかに心の中でお祈りをしてから、会話を始めるといいかもしれません。

「人の気持ちがわからない」
そんなときは、スピリチュアルカウンセリング で、ご自身の指導霊からどうしたら良いかを尋ねてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

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どうしたら隣人愛に生きられるのか?

「隣人愛」自分のものさしをもたない

お花が咲いてないかな?と、庭を歩いてみたのですが、不思議とこの時期、あまり咲いていないんですね。
しかし、やっと見つけました。チェリーセージです。

隣人愛自分のものさしを持たない

クラリセージはハーブで有名ですが、このチェリーセージは、花も葉も特に香りがしませんでした。
同じセージでも、色いろあるんですね。

「隣人愛」で、まず行うべきことは、「自己愛」と「世間愛」を捨てることだと、前々回のブログに書かせていただきました。

これは簡単にいうと、愛を注ぐ人が「自己の利益を求めてはいけない」「自分のエゴを入れてはいけない」。(自己愛)
そして、手をさしのべることによって、ひとから「いい人」と思われることを期待してはいけないということでした。(世間愛)。

今日は、心がけていただくといいなあ、と思うことを書かせていただきます。
それは、「自分のものさしをもたない」ということです。

どうしても、ひとを見ると、「もっとこうだったらいいのに」、「あと一息なにの残念だなあ」なんて、判断していませんか?
それも上から目線で。笑

こうなると何かをしても「隣人愛」というよりも、「施(ほどこ)し」になってしまうと思うのです。

ひとのどんな姿を見ても、どんなことに気がついても、「ふ〜ん、そうなんだあ」と、ありのままを受け入れる。
批判も、判断もしない。

これって、大切な事だと思うのです。

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スピリチュアルカウンセリングのご相談はカレスティアのホームページをご覧ください。
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