カテゴリー別アーカイブ: 因果律

自己憐憫をしてはいけない

トマトの花

トマトの花

人は生きていると、どうしたら良いのか分からなくなるくらい困難な状況が訪れることがあります。そういったときに、「困った、困った」言い続けるのは考えものです。

当然ながら、困っているだけでしたら、先には進めません。
困っているだけというのは、状況改善のための努力を怠っている証拠でもあります。

さらに、「困った」を繰り返しているとやがて、「自分はなんて哀れなんだ」と自己憐憫(じこれんびん)をしてしましまうことになります。それを続けていると、胃が痛くなったり、ウツのような症状が出て、事態はさらに深刻になってしまいます。

困難な局面になった時こそ、冷静さが必要です。

「どうしたら良いか」という方向性を求めがちですが、ここは辛抱です。
まずやるべきことは、どうしてそのような状況になったのかを考えることです。つまり、「原因」を探すのです。

ことの発端つまり原因は、その多くが自分にあることがわかるはずです。

もし原因を景気動向や自分ではどうにもならないこと、たとえば今ですと、コロナウィルスだと思ったのなら、それは本質的原因ではありません。

景気の動向や災害は、あなただけに降りかかっている問題ではありません。社会全体に、あるいはその地域のみんなが同じはずです。しかしそういった中、なんとかやっていけている人たちもいるのも事実です。

そうつまり、景気や災害などは引き金でしかないのです。

今の困難の原因は必ず、自分の中にあります。その原因を慎重に探し出すことが、まずすべきことなのです。

原因が分かったのなら、次にやるべきことが「どうしたら良いのか」なのです。
絶望的状況であったとしても、原因がわかれば、打つ手は意外に多くあることに気づきます。
手が見つかったら、あとはやるだけです。

人は困難に陥った時に「どうしたら良いか」という答えを求めがちですが、それは少し早計です。どうしてそうなったのかをじっくりと考え、自分の非を認めることが大切なのです。

「困った困った」「自分はなんてかわいそう」という自己憐憫は、最悪手です。
苦しい時こそ、生き方の間違いに気づき、それを正すチャンスととらえましょう。

スピリチュアルカウンセリング では「どうしたら良いか」だけでなく、困難な状況を引き起こしている「原因」について必ずお伝えしています。原因がわかれば、今後似たような状況が起こった時に、「どうしたら良いか」のヒントになるはずです。
詳しくはホームページをご覧ください。

先祖供養と因果律

キンモクセイ

キンモクセイ

スピリチュアルカウンセリング で、「霊能者から先祖が苦しみの中にいる。供養が必要だ。あなたがうまくいっていないのも先祖供養が足らないからだと言われた」という内容の相談受けることがたまにあります。そしてその霊能者は「私なら供養ができる。そのためには・・・」と続けるのです。

もちろん、指導霊からは、供養をしてもらう必要はないということと、その理由が説明されるですが、ある方のスピリチュアルカウンセリング で、ちょっと違った視点での説明があり、私も「なるほど」と思ったことがありましたので、ブログに書きます。

以下は指導霊からの言葉の引用です。

そもそも苦しみというのは、不都合なことが起きている理由がわからないことにあります。そして、将来どうなるか分からないという不安からも起きるのです。

しかし肉体から離れ、魂だけの状態になった私たちは、今まで繰り返してきた全ての再生の記憶を取り戻し、現世界で起きた悲しみや苦しみを客観的にとらえることができます。

そして真理に照らして考え、悲しみや苦しも、自分がしてきたことが原因であり、結果であることがわかります。

さらに、今していることが、将来を作ることも知っています。今を正しく生きれば、将来に不都合はありません。
私たちには、あなたたちが考えるような苦しみはありません。ですから、霊能者による供養は必要ありません。

とのことでした。ここまでが、指導霊からの引用です。

「霊界は愛の世界、懲罰や懲らしめとは無縁の世界である」という説明が多かった中、「苦しみは因果律を理解していないから起きるのだ」という視点からの説明でした。

私たちには、「自分がうまくいかないのは、○○のせい」という、責任転嫁をして逃げるクセがあります。その弱さに目をつけ、悪徳者はつけ込んでくるのです。いずれにせよ、先祖たちが霊界で苦しむということはありません。もちろん、成仏できないということもありません。

物事がうまくいかない、不都合なことがある時は、自分に原因があるのではと、もっと自分自身に目を向ける必要があります。そして、不都合なことと、他界した愛する人たちのことは切り離して考え、純粋に思いをよせて、祈ってはいかがでしょうか。

それでもまだ先祖のことが気になりますか?
そういう時は、スピリチュアルカウンセリング んで、ことの真相を尋ねてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

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家柄

彼岸花

彼岸花

自分の家柄にこだわる方達がいます。

正確には、家柄にこだわっているというより、家柄にすがっているというのが実態なのですが、今日は先祖よりも自分自身を見てはいかがでしょうか、ということを書きます。

「先祖は武士だった」「うちは名家だ」と、親に何度となく聞かされて育ってきた。しかしそのことが嫌だったというのならともかく、その人自身がその価値観を受け継いでいるのです。そして話の端々に周囲の人々を見下している様が散見され、自分は他とは違うんだという意識も読んでとれます。

武士は昔の数ある職業のひとつにすぎません。
江戸時代の人口で約7%が武士でした。つまり、さほど特殊な職業というわけではなかったのです。それに武士といっても、その職務内容は、政(まつりごと)に直接関わるものから、会計、事務、馬や武具の管理にいたるまで、実に広範囲にわたっていました。つまり、武士イコール偉いとか、尊いというのは虚像でしかありません。

自分の家柄にこだわってい人たちに共通していることがあります。
それは「自身の境遇に満足していない」ということです。

仕事で活躍できていない、パートナーと巡り会えていない、家族としっくりいっていないなど、自分の今の境遇が自分自身で納得できていないのです。そして、自分を慰めるために「ご先祖様は偉かった」という、美談や妄想を作りあげているのです。

しかし、それはやはり違います。
先祖の功績は、努力をした先祖のものです。先祖の栄光は、あなたを賞賛するものではありません。

今の境遇は、自分が行ってきた事実の積み重ねであり、結果です。

それが気に入らないのだったら、今からでも遅くはありません。日々の行動や考え方を変えるのです。体裁や言い訳を全て捨てて、ひたむきに努力すれば、必ず報われます。

先祖の栄華から目を離し、自分自身を正視する。それが大切なのではないでしょうか。

「自分がうまくいかないのは、先祖の因果のせい?」
そう思っているのでしたら、スピリチュアルカウンセリング で、先祖が影響しているのかを尋ねてみてはいかがでしょうか。目を開くことができるかもしれませんよ。
詳しくはホームページをご覧ください。

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