カテゴリー別アーカイブ: 因果律

先祖供養と因果律

キンモクセイ

キンモクセイ

スピリチュアルカウンセリング で、「霊能者から先祖が苦しみの中にいる。供養が必要だ。あなたがうまくいっていないのも先祖供養が足らないからだと言われた」という内容の相談受けることがたまにあります。そしてその霊能者は「私なら供養ができる。そのためには・・・」と続けるのです。

もちろん、指導霊からは、供養をしてもらう必要はないということと、その理由が説明されるですが、ある方のスピリチュアルカウンセリング で、ちょっと違った視点での説明があり、私も「なるほど」と思ったことがありましたので、ブログに書きます。

以下は指導霊からの言葉の引用です。

そもそも苦しみというのは、不都合なことが起きている理由がわからないことにあります。そして、将来どうなるか分からないという不安からも起きるのです。

しかし肉体から離れ、魂だけの状態になった私たちは、今まで繰り返してきた全ての再生の記憶を取り戻し、現世界で起きた悲しみや苦しみを客観的にとらえることができます。

そして真理に照らして考え、悲しみや苦しも、自分がしてきたことが原因であり、結果であることがわかります。

さらに、今していることが、将来を作ることも知っています。今を正しく生きれば、将来に不都合はありません。
私たちには、あなたたちが考えるような苦しみはありません。ですから、霊能者による供養は必要ありません。

とのことでした。ここまでが、指導霊からの引用です。

「霊界は愛の世界、懲罰や懲らしめとは無縁の世界である」という説明が多かった中、「苦しみは因果律を理解していないから起きるのだ」という視点からの説明でした。

私たちには、「自分がうまくいかないのは、○○のせい」という、責任転嫁をして逃げるクセがあります。その弱さに目をつけ、悪徳者はつけ込んでくるのです。いずれにせよ、先祖たちが霊界で苦しむということはありません。もちろん、成仏できないということもありません。

物事がうまくいかない、不都合なことがある時は、自分に原因があるのではと、もっと自分自身に目を向ける必要があります。そして、不都合なことと、他界した愛する人たちのことは切り離して考え、純粋に思いをよせて、祈ってはいかがでしょうか。

それでもまだ先祖のことが気になりますか?
そういう時は、スピリチュアルカウンセリング んで、ことの真相を尋ねてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

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家柄

彼岸花

彼岸花

自分の家柄にこだわる方達がいます。

正確には、家柄にこだわっているというより、家柄にすがっているというのが実態なのですが、今日は先祖よりも自分自身を見てはいかがでしょうか、ということを書きます。

「先祖は武士だった」「うちは名家だ」と、親に何度となく聞かされて育ってきた。しかしそのことが嫌だったというのならともかく、その人自身がその価値観を受け継いでいるのです。そして話の端々に周囲の人々を見下している様が散見され、自分は他とは違うんだという意識も読んでとれます。

武士は昔の数ある職業のひとつにすぎません。
江戸時代の人口で約7%が武士でした。つまり、さほど特殊な職業というわけではなかったのです。それに武士といっても、その職務内容は、政(まつりごと)に直接関わるものから、会計、事務、馬や武具の管理にいたるまで、実に広範囲にわたっていました。つまり、武士イコール偉いとか、尊いというのは虚像でしかありません。

自分の家柄にこだわってい人たちに共通していることがあります。
それは「自身の境遇に満足していない」ということです。

仕事で活躍できていない、パートナーと巡り会えていない、家族としっくりいっていないなど、自分の今の境遇が自分自身で納得できていないのです。そして、自分を慰めるために「ご先祖様は偉かった」という、美談や妄想を作りあげているのです。

しかし、それはやはり違います。
先祖の功績は、努力をした先祖のものです。先祖の栄光は、あなたを賞賛するものではありません。

今の境遇は、自分が行ってきた事実の積み重ねであり、結果です。

それが気に入らないのだったら、今からでも遅くはありません。日々の行動や考え方を変えるのです。体裁や言い訳を全て捨てて、ひたむきに努力すれば、必ず報われます。

先祖の栄華から目を離し、自分自身を正視する。それが大切なのではないでしょうか。

「自分がうまくいかないのは、先祖の因果のせい?」
そう思っているのでしたら、スピリチュアルカウンセリング で、先祖が影響しているのかを尋ねてみてはいかがでしょうか。目を開くことができるかもしれませんよ。
詳しくはホームページをご覧ください。

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チャンスを生かす

シャクナゲ

「なんだか停滞しているな」とか、「いつも同じことの繰り返し」と、もし思っているとしたら、それはせっかく訪れたチャンスを逃していたり、生かしきれていない結果なのかもしれません。

ところで「チャンス」とは、一体いつのことなのでしょうか。

たとえば、人と話すのが苦手で、友達も少なく、孤立しがちだという人は
・進学で新しい学校に通うとき
・就職や転職で新しい会社に勤めるとき
・子供と一緒に公園デビューをするとき
・PTAの役員をやることになったとき
こういったときが、「チャンス」なのです。
無口な人、とっつきにくい人という烙印(らくいん)を押されていない、初めて会う人たちに囲まれる時こそ、今までと違う自分になる絶好の機会です。

では、どういう「チャンス」があるのでしょうか。

得てして、自分にとって不都合なことや、つまづきがあったときに「チャンス」があります。たとえば、病気療養で、入院しなくてはいけなくったときには
・家族のありがたさを知り、心からの礼を言う
・がむしゃらに仕事をしてきたけれども、それが本当に正しい姿なのかを考える
・くよくよと後悔したり、堂々巡りの考え方をしていることがいかに良くないか気づく
・先のことを考えないで、その場の誘惑に負けていたことを知る
という種類のチャンスです。

病気になったときに「自分はついていない」とか、医者の言うことをきき、投薬を受けて治療に専念しているだけでは、チャンスを逃すことになります。

「チャンス」は、ラッキーカードのようにわかりやすいものではありません。

人生における節目、変化、強制的に立ち止まらされるとき、こういったときに、今までできていなかったことをやったり、間違っていたことに気づきがひそんでいるのです。

貴重なチャンスを生かして、ぜひ良い方向に向かいたいですね。

「自分はなんてついてないんだ」そう思っていませんか?そしてそれを親や家族の因果のせいにしていませんか。
そういったときは、スピリチュアルカウンセリング で、自分では気がついていない、つまずきの原因を尋ねてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

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