カテゴリー別アーカイブ: 因果律

自然災害と個人

ニラの花

今年になってから、大雨による水害、コロナウィルスなど、実に災難続きです。

こういった自然災害(ここでは水害やコロナウィルスも自然災害とします)を個人の因果律や個人への予言や警告とみなすことには無理があるとことについて書きます。

具体的に例をあげて説明します。

まず長雨による水害について。これは因果律で説明ができます。
(原因)化石燃料の使用による大量の二酸化炭素の排出→(結果)温室効果ガスの形成
(原因)地球全体をおおう温室効果ガス→(結果)地球温暖化
(原因)地球温暖化→(結果)日本の亜熱帯化
(原因)日本の亜熱帯化→(結果)記録的な大雨
もちろん、大雨の原因が二酸化炭素だけではありませんが、ここでは簡略化しています。

そしてこの記録的な大雨が、
(原因)大雨→(結果)河川の氾濫
(原因)河川の氾濫→(結果)家屋や人への被害
という結果になりました。

河川が氾濫した原因は行政の見積もりの甘さがあったり、犠牲者が出たことについては、行政から出ていた注意報や警報に対して、行動が遅れたという原因もあるかもしれません。

しかし、被害があった家屋に住む人や犠牲にあった人が、真理に背(そむ)いた生き方をしていたから、ということは決してありません。実に当然のことです。

コロナウィルスに関しても、同様のことが言えます。

現在のところ、コロナウィルスの感染源は野生動物と人間との接触と言われています。
最初にコロナウィルスに感染した人が原因で、コロナウィルスの世界的蔓延(まんえん)が結果です。

この結果に至るまでの原因をみていくと、某国の感染拡大の隠蔽(いんぺい)、公表の遅れがあります。また、世界保健機構と各国政府の対応の遅れと対応策のまずさもあげられます。

しかしここでも、感染してしまった個人が、悪人であるとか、真理に背いた生き方をしていたからということは決してありません。これも当然のことです。

地球は霊界に比べると、実に危うく、脆弱(ぜいじゃく)です。
自然災害も因果律の結果ではありますが、それによって被害を受けることは、個人の背信行為とは無関係なのです。冷静に考えれば当たり前のことです。

しかし、水害で被害を受けた人やコロナに感染した人に対して、根拠のない非難や中傷は後をたちません。これは厳に慎(つつし)むべきことであり、あってはなりません。

また自然災害を何らかの啓示と受け取る人たちもいます。

「春から○○学校に通おうと思っていたのですが、これは私への警告だと思ってやめました」
「転職をしようと思っていましたが、やめなさいというお告げだと考え、やめました」
とおっしゃる方に実際に何人かお会いしました。

何かをするときに時期は大切です。
コロナウィルスの蔓延で、学校に通うのは難しいと思います。転職も難しいでしょう。そういった意味であれば、行動を中止したことは正しい判断と言えます。

しかし、自然災害を理由に、自分の夢や希望、未来を諦めてはいけません。
自然災害が鎮静化して学校が再開したら、就職市場が回復したら、またチャレンジしていただきたいのです。

自然災害が、個人への警告や個人への何らかの予言であることは、決してないのです。

災害やコロナウィルスの影響で、見通しがたてにくくありませんか?
今は待つべきか、それとも進めるべきか、スピリチュアルカウンセリング で、指導霊に相談してみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

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自己憐憫をしてはいけない

トマトの花

トマトの花

人は生きていると、どうしたら良いのか分からなくなるくらい困難な状況が訪れることがあります。そういったときに、「困った、困った」言い続けるのは考えものです。

当然ながら、困っているだけでしたら、先には進めません。
困っているだけというのは、状況改善のための努力を怠っている証拠でもあります。

さらに、「困った」を繰り返しているとやがて、「自分はなんて哀れなんだ」と自己憐憫(じこれんびん)をしてしましまうことになります。それを続けていると、胃が痛くなったり、ウツのような症状が出て、事態はさらに深刻になってしまいます。

困難な局面になった時こそ、冷静さが必要です。

「どうしたら良いか」という方向性を求めがちですが、ここは辛抱です。
まずやるべきことは、どうしてそのような状況になったのかを考えることです。つまり、「原因」を探すのです。

ことの発端つまり原因は、その多くが自分にあることがわかるはずです。

もし原因を景気動向や自分ではどうにもならないこと、たとえば今ですと、コロナウィルスだと思ったのなら、それは本質的原因ではありません。

景気の動向や災害は、あなただけに降りかかっている問題ではありません。社会全体に、あるいはその地域のみんなが同じはずです。しかしそういった中、なんとかやっていけている人たちもいるのも事実です。

そうつまり、景気や災害などは引き金でしかないのです。

今の困難の原因は必ず、自分の中にあります。その原因を慎重に探し出すことが、まずすべきことなのです。

原因が分かったのなら、次にやるべきことが「どうしたら良いのか」なのです。
絶望的状況であったとしても、原因がわかれば、打つ手は意外に多くあることに気づきます。
手が見つかったら、あとはやるだけです。

人は困難に陥った時に「どうしたら良いか」という答えを求めがちですが、それは少し早計です。どうしてそうなったのかをじっくりと考え、自分の非を認めることが大切なのです。

「困った困った」「自分はなんてかわいそう」という自己憐憫は、最悪手です。
苦しい時こそ、生き方の間違いに気づき、それを正すチャンスととらえましょう。

スピリチュアルカウンセリング では「どうしたら良いか」だけでなく、困難な状況を引き起こしている「原因」について必ずお伝えしています。原因がわかれば、今後似たような状況が起こった時に、「どうしたら良いか」のヒントになるはずです。
詳しくはホームページをご覧ください。

先祖供養と因果律

キンモクセイ

キンモクセイ

スピリチュアルカウンセリング で、「霊能者から先祖が苦しみの中にいる。供養が必要だ。あなたがうまくいっていないのも先祖供養が足らないからだと言われた」という内容の相談受けることがたまにあります。そしてその霊能者は「私なら供養ができる。そのためには・・・」と続けるのです。

もちろん、指導霊からは、供養をしてもらう必要はないということと、その理由が説明されるですが、ある方のスピリチュアルカウンセリング で、ちょっと違った視点での説明があり、私も「なるほど」と思ったことがありましたので、ブログに書きます。

以下は指導霊からの言葉の引用です。

そもそも苦しみというのは、不都合なことが起きている理由がわからないことにあります。そして、将来どうなるか分からないという不安からも起きるのです。

しかし肉体から離れ、魂だけの状態になった私たちは、今まで繰り返してきた全ての再生の記憶を取り戻し、現世界で起きた悲しみや苦しみを客観的にとらえることができます。

そして真理に照らして考え、悲しみや苦しも、自分がしてきたことが原因であり、結果であることがわかります。

さらに、今していることが、将来を作ることも知っています。今を正しく生きれば、将来に不都合はありません。
私たちには、あなたたちが考えるような苦しみはありません。ですから、霊能者による供養は必要ありません。

とのことでした。ここまでが、指導霊からの引用です。

「霊界は愛の世界、懲罰や懲らしめとは無縁の世界である」という説明が多かった中、「苦しみは因果律を理解していないから起きるのだ」という視点からの説明でした。

私たちには、「自分がうまくいかないのは、○○のせい」という、責任転嫁をして逃げるクセがあります。その弱さに目をつけ、悪徳者はつけ込んでくるのです。いずれにせよ、先祖たちが霊界で苦しむということはありません。もちろん、成仏できないということもありません。

物事がうまくいかない、不都合なことがある時は、自分に原因があるのではと、もっと自分自身に目を向ける必要があります。そして、不都合なことと、他界した愛する人たちのことは切り離して考え、純粋に思いをよせて、祈ってはいかがでしょうか。

それでもまだ先祖のことが気になりますか?
そういう時は、スピリチュアルカウンセリング んで、ことの真相を尋ねてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

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