愛に反した行動と思考が魂を汚す

愛に反した行動と思考が魂を汚す | カレスティア

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さて、前回の記事で「魂はもともとは美しかったのに、私たちが汚してしまった」と書きましたが、今日はこれについて説明しようと思います。

スピリチュアリズムの基本となる考え方に「魂は清く、美しい」というのがあります。

つまり、たとえどんな生き方をしている人であっても、その人の魂はもともとは清く美しかった。しかし、その美しい魂を汚してしまったというものです。

ここで注意して欲しいのは、「魂を汚してしまったのは、私たちの先祖ではない」ということ。
遠い遠い昔、私たちの先祖が過ちを犯し、その災厄が現在の私たちに降りかかっているという考え方を「原罪」といいます。スピリチュアリズムでは「原罪」という考え方はありません。

魂を汚してしまったのは「各人、ひとりひとり、自分自身」なのです。
言い方をかえると「人によって汚れ方が違う」ともいえます。

さて、ここでいう「汚れ」とは何を指すのでしょうか。

それは日々の行動や考えの中で、人を憎んだり、自己中心的であったり、人を悲しませたり、おとしめるようなこと、つまり愛に反するすべてのことを「汚れ」と表現しています。

そういった「汚れ」が、美しい魂の上に薄い膜のように覆い被さっていきます。たった1枚でしたら、さほどではありませんが、何枚も何枚も、それこそ人生をかけて、数え切れないくらい積み重ねていき、ついには魂本来の美しさや清らかさが、かいま見ることさえできなくなるほど、重ねていってしまいます。

「ということは、生まれたばかりの赤ちゃんの魂は、清く美しいということなのだろうか」と思われた方も多いのではないでしょうか。
これについては、次の記事に譲ります。

自分の魂にはどういった種類の汚れが積み重なっているのだろうか?
そんな疑問を感じたときには、スピリチュアルカウンセリングで、ご自身の指導霊に尋ねてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

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お読みの記事は連載記事です。カテゴリーで「スピリチュアリズム講座 入門編」を選択していただき、2017年8月25日の記事から時系列でお読みください。

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