世の中にはたくさんのルールがあります。法律で決められているものもあれば、道徳や常識といった暗黙の了解事項もあります。
今日は特に道徳と常識に焦点を当てて、「正しい」とされることに「絶対」はないということを書きたいと思います。
例をあげて解説します。
暗黙の了解事項として、「狭い空間にたくさんの人がいる場合、静かにしていること」というのがあります。これは多くの人に理解され、賛同を得られることだと思います。
このような状況があったとします。
国際線の飛行機にたくさんの乗客が乗っっていて、満席です。フライトも長時間になります。こういった状況の中では、お互いを気遣い、迷惑にならないようにと多くの人が心がけています。
しかし、赤ちゃんがずっと泣いていて、泣き止もうとしません。
腹に据えかねたおじさんが夫婦の元へと近づいてきて、「おい、子供を泣かせるな。みんなが迷惑しているじゃないか。」と怒りました。
おじさんは心の中で、「こういった状況では子供を泣かせないことが常識。誰も何にも言わないから、俺が言ってやった。」と思っています。
周囲の迷惑にならないように必死にあやしていた夫婦は、おじさんに叱られてしまい、恐縮し、ただただ謝ることしかできません。
おじさんの言葉を聞いていた近くに座っていたご婦人は、「きっと、あんたは、全てを奥さんに任せっきりにして、子育ての苦労が一つもわかっていないんんでしょ。」と怒りを感じました。
同じく近くに座っていた青年は、ノイズキャンセルヘッドホンで音楽を聴いていて、子供が泣いていることにも気がつきませんでしたし、うるさいとも思っていませんでした。そして、このおじさんはなぜ怒っているのかと、キョトンと眺めています。
また同じく近くに座っていた女性は、おじさんの叱る声で気分を害してしまい、「うるさいのはお前だよ。」と思いました。
いかがでしょうか。
このように「狭い空間にたくさんの人がいる場合は、静かにしている」ということは、正論ではありますが、絶対ではありません。状況によっては、その正しさは変化しますし、立場によっても変わります。
どのような時にも「正しさを求める」ということは、「偏屈」で、「寛容さに欠ける」ことになりかねない、ということをご理解いただけたかと思います。
正しいことをしたはずなのに非難を受けたことがありますか?
スピリチュアルカウンセリングで、何に問題があったのかを尋ねることができます。
詳しくはホームページをご覧ください。
こちらの記事もよく読まれています
正義とは何か
この世に正義と平等を求めてはいけない
スピリチュアルブログをもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。

