世間愛とはなにか?

おはようございます。
昨日の夜から雨が降りだしたようで、朝おきたら、庭の地面が濡れていて、少し驚きました。
今日の写真は、「シャスターデージー」です。
今週の日曜あたりから、カレスティアの庭にいっせいに咲き出しました。
白くてかわいらしい花ですね。

世間愛とはなにか

前回から始まりました「世間愛」。
今日は具体的な例をあげて、「世間愛」とはどういうものかを説明しようと思います。

たとえば・・・
ある人が政治家になろうとしているとします。
国会議員、県会議員、市会議員どの場合も当てはまります。
選挙期間中、演説をし、多くの人に投票を呼びかけています。

この段階では、「世間愛」かどうかは判断できません。
ポイントは、その人が「なぜ政治家になりたいのか」ということです。
つまり「動機」です。

人々のより良い暮らしのために、問題のあることがらを正すために、己の為でなく、国民(県民・市民)のために純粋な気持ちで、政治に関わろうとしている場合。
これは、世間愛ではありません。「隣人愛」です。

それにたいし、上記のような気持ちもあるけれども、心のどこかに、
・先生と呼ばれたい
・事業が成功し、財産を築き上げた。次は名声が欲しい
・社会的地位が欲しい
といった気持ちが、少しでもあるのであれば、これは「世間愛」です。

今の政治家は、どうも国民のためといういより、自分を支持してくれる(お金をくれる)企業や団体の利権のため、自分や親族企業の利益のため、ついでに国民(県民・市民)のため、といった様子の人達が多く感じられます。
・・・むしろそうでない人、いるのかな?

こういう人たちは、「世間愛に生きている」ということができます。

今日は、分かりやすい例を上げてみました。
次回も「世間愛」を例を上げて説明していこうと思います。

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