表の顔と裏の顔

ゴーヤの実

ゴーヤの実

今日は「二つの顔を持つことはよくない」ということを書きたいと思います。

みなさんの周りに、自分の思っていることをなんでも口にして場を凍りつかせたり、険悪な雰囲気になっても平気、という人がいると思います。
その一方で、いつも穏やかにしていて、嫌なことを言われても笑顔を崩さず、自分の意見はあまり言わず、平和主義者。そんな人も思い浮かべることができるかと思います。

さて、この二人、どちらが霊的には上なのでしょうか?

多くの方が後者を上げると思いますが、正解は先に述べた「好き勝手放題にやっている人」の方が上です。
この答えにショックをうける方や異論を唱えたい方もいらっしゃることでしょう。

確かに私たちは、幼い頃から親や先生に、「人前で感情を出してはいけません」「自分の意見をやたらに言ってはいけません」ということを教わってきました。そして、そうすることが、周囲との調和を生み、大人らしい生き方であり、美徳だと言われてきました。

しかし、この考えは人に「表の顔と裏の顔」をもたせる要因にもなっているのです。

「表の顔と裏の顔」とはどういうことでしょうか。例をいくつかあげてみます。

・いい嫁であることを演じたいので、ついつい義母の前では従順なふりをする。
・仕事の打ち合わせや会議で、本当は違う意見を持っているのだけれども、事案が順調に進まなくなるのを恐れて、賛同のふりをしてしまう。
・本当はだらしなくて、いい加減なのだけれども、人前ではそつなくこなしているように装っている。

「表の顔と裏の顔」というと、大層なことのように聞こえますが、このように、ごく日常的にやりがちなこと、これもれっきとした「表の顔と裏の顔」なのです。

「場を読まないで好き勝手なことを言っている人」は「表の顔と裏の顔をもって、大人の振る舞いができる人」よりも霊的には上ですが、周囲の人を嫌な気持ちにさせたり、自己中心的な考えをしている点から見ると、いまだ霊的成長の過程であることは間違いありません。

最終的に目指しているのは、いかなるときも一つだけの顔(ありのままの自分)で、自分が思っていることをちゃんと表現し、それを人にわかってもらえるよう努力をすること。そして、相手にの気持ちも理解して、どうやったらみんなにとってベストなのかを考え、行動できるようになること。これがゴールなのです。

階段は飛ばして昇ることはできません。
私たちがまずやるべきこと、それは、「いかなる時も一つの顔(ありのままの自分)でいる」ことです。
これは結構難しい課題でもあります。

「人とうまくやっていけない」
そんな悩みがあるときは、スピリチュアルカウンセリングを受けてみてはいかがでしょうか。自分では気がつかない盲点がわかるかもしれません。
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