「隣人愛」自分のものさしをもたない

隣人愛自分のものさしを持たない
お花が咲いてないかな?と、庭を歩いてみたのですが、不思議とこの時期、あまり咲いていないんですね。
しかし、やっと見つけました。チェリーセージです。

クラリセージはハーブで有名ですが、このチェリーセージは、花も葉も特に香りがしませんでした。
同じセージでも、色いろあるんですね。

「隣人愛」で、まず行うべきことは、「自己愛」と「世間愛」を捨てることだと、前々回のブログに書かせていただきました。

これは簡単にいうと、愛を注ぐ人が「自己の利益を求めてはいけない」「自分のエゴを入れてはいけない」。(自己愛)
そして、手をさしのべることによって、ひとから「いい人」と思われることを期待してはいけないということでした。(世間愛)。

今日は、心がけていただくといいなあ、と思うことを書かせていただきます。
それは、「自分のものさしをもたない」ということです。

どうしても、ひとを見ると、「もっとこうだったらいいのに」、「あと一息なにの残念だなあ」なんて、判断していませんか?
それも上から目線で。笑

こうなると何かをしても「隣人愛」というよりも、「施(ほどこ)し」になってしまうと思うのです。

ひとのどんな姿を見ても、どんなことに気がついても、「ふ〜ん、そうなんだあ」と、ありのままを受け入れる。
批判も、判断もしない。

これって、大切な事だと思うのです。

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