霊界は退屈なところなのか

霊界は意念の世界です。そのため、欲しいと思う物があれば、目の前に現れ、会いたいと思うスピリットがいれば、いつでも会うことができます。

このようにやりたい、したいことがかなうのが霊界です。しかし、欲求というのは努力や我慢の末に得られた時に喜びが倍増するという面もあります。

さて、ここで疑問が生じます。それは、なんでも願いがかなってしまうのだとしたら、やがて全てが当たり前になってしまい、喜びが感じられなくなり、霊界での生活は退屈なものになってしまうのはないかということ。

実はそうでもありません。
スピリットが感じる喜びは他界直後とそのあととでは、喜びの種類に変化が生じるからです。

他界してまもない頃には、欲しい物が手に入ったり、行きたいところに行け、会いたいスピリットに会えることに喜びを感じます。しかしそれはやがて特別なことではなくなっていき、喜びを感じることはできなくなっていきます。

このことは私たちが、井戸まで水を汲みに行かずとも、蛇口をひねるだけで水が出ることに喜んでいるのかとか、炊事のために薪を運び、薪に火をつけなくても、スイッチをひねるだけでコンロに火がつくのを喜んでいるのか、ということに似ています。

このブログでもたびたび紹介していますが、霊界では全てのスピリットが仕事についています。私たちの社会にあるようなニートというものは存在していません。

仕事は突き詰めると「誰かの役に立つこと」です。

霊界にいるスピリットたちは、自分のしたいことができたり、やりたいことができることに喜びを感じるているのではなく、自分の仕事を通して誰かに感謝されたり、喜んでもらえることに喜びを感じています。

現世界に生きる人と霊界にいるスピリットでは、喜びの価値観が変化するのです。言い換えると、現世界の喜びは物欲寄りなのに対して、霊界の喜びは他人への奉仕へとシフトしていくのです。

このようなことから、霊界というのは決して退屈なところではないのです。

自分は誰かの役に立っているのだろうか、自分の存在意義はなんだろうか?
という疑問を感じたときは、スピリチュアルカウンセリングで、ご自身の指導霊に尋ねてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

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お供え

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