今日は「○○になりたい」「○○できるようになりたい」といった願いが、どういった時に実現して、どういった時に実現しないのかについて書きます。
まず最初に、願いをかなえるために絶対にはずすことのできない大切なことがあります。それは「強く願う」ことです。それも一度きりではなく、何度も願うことが大切です。
願いが実現するまでの過程を考えたり、願いがかなうことで自分がどんな気持ちになっているかをイメージしたり、願いがかなうことでどんな世界が広がっているかなど、手を変え、品を変えて願うのです。そして、願いのハードルが高ければ高いほど、繰り返し、繰り返し、何度も願い続けるのです。
たとえば「パイロットになりたい」という夢があったとします。
パイロットをしている人は必ず強く「パイロットになりたい」と願っていたはずです。「気がついたらいつのまにかパイロットになっていた」なんて人はいません。勉強が辛くなったとき、訓練で挫折しそうになったときに「パイロットになるんだ!」とくじけそうな自分を言いきかせて、努力し続けた結果、パイロットになれたのです。
では「強く願えば、必ず願いはかなうか」というと、残念ながらそうではありません。どんなに願っても、どんなに努力しても「かなわない願い」というのがあります。
それは「願いの理由が自己愛」のときと、「願いがかなうと、再生の計画のさまたげになってしまう」ときです。
では詳しく説明します。「願いの理由が自己愛」とはどういうことかというと、願いの動機が自己中心的だったり、自己利益しかない場合のときです。
逆に誰かの役に立ちたい、誰かを幸せにしたいといった動機は「隣人愛」ですので、その願いはかないます。
「隣人愛」をわかりやすくいうと「自分ではない誰かのため」ということです。しかし、みなさんが勘違いしやすい点でもありますので、例をあげて説明します。
Aさんは、我が子のためを思って、我が子を医者にさせたいと願いました。小さい頃から塾にたくさん通わせて、最高の環境で勉強をさせてきました。ところが子供が大学受験の年齢になると突然「文学部に行きたい」と言い出しました。我が子のことを思って、家事や自分の時間を投げ打って努力してきたのに、なぜ報われないのかと嘆いています。
Aさんの願いがかなわないのは動機が原因です。
我が子を医者にさせたいと思った本当の理由はなんだったのでしょうか。「先祖代々医者の家系だから」「人から一目置かれる職業についてほしいから」「生活に苦労して欲しくないから」だとしたら、これらの動機は我が子の性格や能力、生き方を考慮していません。一見、我が子のためであるようですが、Aさんの価値観でしかありません。これは「愛」ではなく「愛情」であり、愛情は「自己愛」です。
願いがかなわないもう一つの理由「願いがかなうと、再生の計画のさまたげになってしまう」も例をあげて説明しましょう。
Bさんは戦争や紛争によって、親を亡くした子供たちを助けてあげたいと長く思い続けていました。
大学時代はボランティアサークルに所属し、夏休みは海外でボランティア活動に参加していました。そういった熱心な取り組みが評価され、世界的な救援活動をしている海外の団体に職員として採用されました。
本部への赴任も決まり、さあこれからだという時にお母さんが病いで倒れてしまいました。病状も思わしくありません。父からは母のそばにいて欲しいと懇願されてしまいました。「やっとこれからだというのに」とBさんは嘆きつつ退職して、故郷の実家に戻ることになりました。
なぜBさんの願いは実現しなかったのでしょうか。
実はBさんの今世の課題が「母との和解」だったからです。母の病状は思わしくなく、このまま離れてしまうと、母との和解ができなくなってしまうかもしれません。そのため、引き戻されてしまったのです。
このように、再生の計画のさまたげになってしまう願いもかなうことはありません。たとえ願いの動機が隣人愛であったとしてもです。
本屋さんに行くと、著名人や実業家の成功体験とその秘訣について書いた本がたくさん売っています。そこに書かれていることはきっと本当のことなのでしょう。その人はそれを実行したことによって成功したのだと思います。
しかしその本に書かれたことを全て忠実に守っても、あなたの願いが実現するとは限りません。あなたの願いの動機が自己愛だったり、再生の計画のさまたげになる場合は、どんなに努力をしても、その願いはかなわないのです。
自分の願いは実現するのか、それともしないのかを指導霊に尋ねてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。
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