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繰り返し見る夢

新緑のもみじ

みなさんには繰り返し見る夢って、ありますか?
今日は繰り返し見る夢と過去生の関係について書きます。

繰り返し見る夢。
たとえば、路地裏をさまよっていて、あそこの角を曲がったら、ああやっぱり、あの家が見えてきたとか。
自分が子供になっていて、ほかの子たちといつものところで遊んでいる。誰なのかはわからないけれども、仲良しだということだけはわかっているとか。
起きた後、ああまた同じ夢を見た、というものです。

実は繰り返し見る夢は過去生の体験をもとにしていることがとても多いのです。

人はこの世に生まれると、過去生での記憶を少しずつ失っていきます。そして小学校に入学するくらいになると完全に忘れてしまいます。なぜ過去生を忘れてしまうのかというと、現世界での物質である肉体の波長と魂の波長が完全に同調してしまうからです。

しかし、人は眠りにつくと、魂だけが霊界を訪れます。このとき魂は肉体から離れますので、過去生を思い出すことができます。

では夢で見た通りのことを過去生で体験していたのかというと、そうではありません。ちょっとした「ひねり」が入るのです。

たとえば、家が現代の日本の家屋のように見えていても、過去生で見ていたのは100年くらい前の他の国の家だったり、着ている服が今風に見えていても、本当は200年くらい前の服だったりするのです。

ではなぜこのような「ひねり」が起こるのでしょうか。それは、魂は霊界に行っていても、現世界に残っている脳の影響を受けてしまうからです。実際に体験してきた事柄と現実との違いを脳が勝手に変換をして、つじつま合わせをしてしまうのです。

以前、お客様からよく見る夢の理由を知りたいと相談されたことがあります。どんな夢かというと、とても小さな店が立ち並ぶ商店街をお目当ての食堂に行こうとあちらこちらを探すけれども、見つからないというものでした。

お客様の指導霊に尋ねたところ、やはりこの夢は過去生の体験からくるものでした。そして、脳の変換もやはりおこなわれていました。

この夢の本当の姿は、いくさで荒廃し、焼け野原になったところにできたバラック街。戸板に食品や日用品を並べて売る即席の店がたくさん並び、品物を求めてたくさんの人が押し寄せているそんな街並みでした。

相談者の方はそのときの戦争で両親を失い、孤児になってしまいました。守ってくれる人は誰もおらず、お腹をいつも空かせていました。しかし、お金がありませんので、食べ物を買うこともできず、バラック街をさまよい続けていたのでした。

繰り返し見る夢は一見、ごく普通の日常の一部のように見えていても、そうではありません。過去生での重要な出来事であったり、現世の課題となる元の出来事であることがほとんどです。

繰り返し見る夢。重要なことだからこそ、思い出し、繰り返し何度も見ているのです。

繰り返し見る夢を正しく解釈することが、今世の課題をとく鍵になります。繰り返し見る夢が自分の力で理解することができない時は、スピリチュアルカウンセリングを受けていみてはいかがでしょうか。詳しくはホームページをご覧ください。

遠い過去生までさかのぼると別人のように見える

ニラの花

ニラの花

今日は再生を繰り返すことによって、人はかなり変わることができる、ということについて書きす。

私たちの性格というのは今世だけで形成されるものではなく、過去生での生き方や考え方を引き継いで、現在の性格を形成しています。別の言い方をすると、今の性格は何世代にもわたってつちかってきた、生き方のクセの集大成ともいえるのです。

スピリチュアルカウンセリングでは、お客様の相談内容に応じて、1つ前、2つ前、ときには3つ前の過去生について、指導霊から語られることはよくあります。

過去生での性別や年齢が今とは異なっていたとしても、「ああやっぱりこの人なんだな」という印象を私は受けます。たとえば、人とのつき合いが苦手な人は、過去生でもやはり人づき合いが苦手ですし、そのことを原因として結構苦労をしています。独善的な振る舞いをしがちな人は、過去生でも独りよがりな性格をしていて、周りの人に迷惑をかけていて、周囲から孤立しています。

通常のスピリチュアルカウンセリングでは、指導霊の言及は3つ前の過去生までがほとんどです。しかしときには、お客様の希望で「もっと前の過去生へ、さかのぼれるまでさかのぼって、その時の様子を話してください。」と頼まれることがあります。

そういった時はもちろん、指導霊にお願いをして、さらに前の過去生について教えてもらうのですが、過去生をさかのぼればさかのぼるほど、目の前にいらっしゃるお客様らしさがどんどん失われていくのです。そしてついには、何だかまるで別の人を見ているような感じになってしまうことがよくあります。

ではいったいなぜ、遠い過去生だと別人のように感じてしまうのでしょうか。
それは、「人生の目的」が達成されているからではないかと思います。

人はこの世に生まれるときに、具体的な目的、つまり、何か課題を持って生まれてきます。課題の多くは生き方に関する事です。過去生での弱点と思われることがらに焦点を当てて、今度はそれを良い方向に持っていきたいと考え、プランをしっかりと立ててから生まれてきます。

人生の目的は生き方の修正ともいえます。1回の再生だけでは、うまくいかなかったとしても、複数の再生という長いスパンで見ると、ゆっくりと改善されいきます。そして、1つの課題がクリアすると、次の課題へとチャレンジしていくのです。

人生の目的をクリアする前とクリアしたあとでは、人としての印象がガラリと変わります。今の人生の目的の1つ前、さらにもう1つ前の人生の目的へと過去生をさかのぼれば、さかのぼるほど、まるで別の人のように感じるのは当然のことなのかもしれません。

これは、過去生の逆、つまり未来にもいえることです。

現世で、ある人生の目的を持っていて、それに直面し、悩んだり苦労したりしています。しかし何回か再生して、その課題に取り組むことによって、いつかは課題をクリアすることができます。クリアしたら、さらに別の課題へと取り組んでいきます。今の人生からいくつも先の再生では、今の自分とは全く違う生き方をしているということは想像に難くないでしょう。

いつまでも現状維持ではいない、さらに高みを目指すことが、再生の目的なのです。

「いつも同じことの繰り返しのような気がしている。これでも少しは進歩しているのだろうか?」
そう思った時は、スピリチュアルカウンセリングで、ご自身の指導霊に人生の目的がどれくらい達成しているのかを尋ねてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

やりたいことに障害はつきもの

ツユクサ

ツユクサ

さらに上を目指したい、今よりもよくなりたい、そんな思いは誰にでもあると思います。たとえば学生だったら、「将来は○○な生き方をしたい」「○○になりたい」とか、社会人なら、「もっと出世をしたい」「資格をとって転職したい」といったようにです。

今日は「やりたいと思ったことには、障害は必ずついて回る」ということについて書きます。

何かを変えたい、脱したいと思ったら、それは自分のおかれている状況に不満を持っている証拠です。不満を持つなとはいいません。むしろ、上を目指したり、飛躍をすることは素晴らしいことです。

しかし、何かをしようとした時に、物事は思っているほどスムーズには進みません。まず最初に直面する障害は、「無理なんじゃないか」「失敗したらどうする」というように、尻込みをしてしまうことです。つまり、自分自身の決意のブレが最初の障害です。

これを乗り越えると、次に現れる障害は親やパートナーといった家族です。

何かにチャレンジをする時に黙って始める人はあまりいません。不安な気持ちを整理するためにも、家族に相談することが多いでしょう。そのときに、「お前にできるのか」とか、「ただでさえ生活に余裕がないのに」と否定的なことを言われてしまうことがあります。

場合によっては、「パートナーに迷惑がかかるのでは」とか、「子供もいるし」と、家族に相談する前にあきらめてしまうこともあります。

ここまでなんとか切り抜けても、また別な障害がやってきます。

「仕事で疲れて帰ってきて、そのあと勉強をする時間なんてない」とか、「上司に相談したら、いい顔をされなかった」といったように、自分や家族以外、つまり、環境という障害が待ち構えています。

このように何かをやろうとしたときには、障害は必ずついて回るものなのです。

今までの人生で、何度もやりたいことがあったと思います。そして、うまくいかなかったこともいくつかあるのではないでしょうか。そのうまくいかなかったことは、どの時点であきらめてしまったのか、思い出してみてください。すると、いつも同じ障害のときにあきらめていませんか。

たとえば
【実行に移す前にあきらめてしまう人は】
怠惰で、努力を続けることができなくて、失敗を繰り返していることを自分自身が一番よく知っています。そう「自分を信じていません」。

【家族の言動に振り回される人は】
人から何かを言われると気持ちがすぐに揺れてしまいます。なぜなら、熟考し、決意するという意思決定ルートができあがっていないからです。つまり「自分で判断していません」。

【安定が第一と考える人は】
世の中はすべてのものが変化しています。安定などありません。それなのに、安定が一番という幻影を抱き「変化を恐れています」。

【環境が整っていないとあきらめる人は】
自分の努力は棚に置いて、うまくいかなったのは自分以外のせいにする。いつも言い訳を用意しているなど、「なんでも人のせいにしています」

これらはあなたの生き方の癖なのです。この癖が原因で、やりたいと思っていることが達成できないのです。

生き方の癖は現世だけで身についたものではありません。何度も繰り返してきた過去生でに身につけてきたものです。弱点ともいえる生き方の癖をなおし、乗り越えるために私たちは生まれてきたと言っても過言ではありません。

何かをやりたいと思ったら、それは自分の弱点を克服するチャンスです。

「やりたいと思ったことには、障害は必ずついて回る」この言葉を念頭に置いて、粘り強くあきらめないことが大切です。そうすれば必ず自分の弱点を克服し、やりたいと思ったことが現実のものになります。

「自分はやりたいのに、どうも物事がうまく進まない。もしかしてやるなっていうこと?」
そう思ったときは、スピリチュアルカウンセリングで、ご自身の指導霊にうまくいかない原因と対策を尋ねてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。