愛国主義と売国

今年は桜の開花が早かったですね

自分の国こそが世界の中で最も優れていると主張することを愛国主義といいます。一方、自分の生まれ育った国に嫌悪感を持ち、否定的な主張をすることを愛国主義の反語として、売国といいます。

今日は愛国主義と売国がどのような事情で起こるのかをスピリチュアリズムの観点から考えていきたいと思います。

そもそも自分の住んでいる国に愛着を持つというのは当然のことです。国に生きるということは、国の社会保障や公共サービス、住環境を享受しているからです。そして、日々接する国民に愛情を持つのは、とても自然なことです。

しかし愛国精神が度を過ぎてしまうのは考えものです。それにしてもなぜ、極端な愛国主義者がいるのでしょうか。

それは自分は優れている、他は劣っているという「おごり」に起因しています。自分の所有している物(国)、自分を取り巻くもの(国民・国土)は、その全てが最高であると熟考することなく、盲信しているのです。

またときには、肝心な自分に自信がなかったり、誇れるものがないと思っている人たちもいます。それにもかかわらず、注目されたいという矛盾した欲求ももっています。そういった人たちは、声を大きくし(拡声器)、目立つ行動(街宣車)をして、世間の耳目を集めようと行動しているのです。

愛国主義の一方で、なぜ売国という考え方が生まれるのでしょうか。

こういった人たちの多くは「幸せではない」と考えている人たちです。
経済的に苦しい、環境に恵まれていない→だから私は「幸せではない」と考えています。そして、この不幸せはいったい誰のせいなのか→自分は精一杯やっている→そう、国のせいだという思考経路です。

もちろん、自分が「幸せではない」のは国や誰かのせいではありません。

経済的苦しい理由が教育にあるのであれば、勉学に励むべきです。奨学金を利用すれば、大学をはじめとする高等教育を受けることができます。社会人になってから教育の必要を感じるのであれば、書店に行けばあらゆる本があり、ネットや通信教育もあります。

低賃金に苦しんでいるのなら、誰にでもできるような職業ではなく、知識や技術を必要とする職業につくべきです。そのためには受講費用が無料の職業訓練校があります。技術が身につけられるような仕事に転職するのも手です。

中にはもっとしたたかな人たちもいます。自分は悪くない、自分が不幸なのはきっと誰かのせいだという被害者意識の人たちをたくさん集めて、権力を得ようとしている人(政治家・左翼)もいます。

いずれにせよ、極端な愛国主義も売国もすべては無意味です。

そもそも人は、永い輪廻転生の中で、たくさんの国に生まれてきます。特定の国に永遠に生まれるということはありません。それなのに、自分が生まれた国が最高と声高にいうのも、自国を否定するのも、実に無意味なことです。

誰かのせいにするのではなく、何かにすがるのではなく、自分自身にもっと焦点をあてて生きていくことが大切なのです。

不都合なことを誰かのせいにしてきたのではないか?
そう思った時は、スピリチュアルカウンセリングでご自身の指導霊に尋ねてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。


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