落語の「死神」という演目にもあるように、人の寿命の長さをろうそくにたとえる話はよくあります。ところで、人の寿命って、もともと決まっているものなのでしょうか。
結論を先に述べますと、あらかじめ寿命を決めて現世界に来るということはあることはあるのですが、あまり一般的ではありません。多くの場合、寿命は決めずにやってきます。
では、あらかじめ寿命を決めているというのはどういう時なのでしょうか。
たとえば、幼くしてこの世を去り、両親に人の命の大切さを教えようとする場合です。
ある両親は過去生で地位や権力をもっていて、他人を軽んじるということを何度も繰り返してきました。人々の自由を拘束し、大切な人から引き離し、時には命さえ奪っていました。
そういったことがいかに残酷で、愛に反することかということを理解するために何回も現世界に再生しているのですが、どうしても本質を理解することができないでいました。
そこで自らの命を投げ打って、この二人の目を開かせようとするスピリットが現れました。
溺愛するかわいい我が子が罪もない幼い年齢で、理不尽な理由で命を奪われ、人の命のはかなさ、大切な人を失う気持ち、絶望、そういったものを味わってはじめて、この両親は自分たちのしてきたことを理解できるのではないかと考えたのです。
このように寿命を決めて現世界にやってくるということもありますが、とてもまれなケースです。ほとんどの場合、再生の計画で寿命は決めていません。
では、寿命が全くわからない状態で再生しているのかというと、そうでもありません。
スピリットが赤ちゃんの中に入るかどうかを決める時、この赤ちゃんの肉体が丈夫で長生きしそうなのか、それとも健康に難があり短命になりそうなのかはあらかじめわかっています。その上で、自分のやろうとしていることに支障があるかないかを考えて、大丈夫と判断してから、魂は肉体の中に入っていきます。
当然ではありますが、丈夫な肉体であっても暴飲暴食をしたり、無理が重なれば命は短くなります。虚弱な体であっても、肉体の変化に常に注意し、無理をしない、早めの対応をするということを続けていれば、思っていた以上に長生きすることもあります。
人にとって寿命は重大な関心事です。地球上のあらゆる年代、あらゆる地域の皇帝たちは長寿を願い、貴重な薬を手に入れるため奔走(ほんそう)しました。このことは程度の差こそあれ、庶民も同じです。
しかし長く生きるかどうかは重要ではありません。地球での限られた時間で、どのように生きるかにもっと関心を寄せた方が良いのかもしれませんね。
自分の生き方はこれであっているだろうか?
そう思った時は、スピリチュアルカウンセリングでご自身の指導霊に尋ねてみてはいかがでしょうか。
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