月別アーカイブ: 2017年11月

動機が重要

動機が重要 | カレスティア

魂の浄化の観点からはもちろん、因果律も、人間関係も、そして他界後に行う人生の振り返りでも「動機」が大切だということをお伝えしたいと思います。

わかりやすくするために例をあげて説明しましょう。たとえばAさんとBさん、二人の人がいたとします。
Aさんも、Bさんも、どちらも同じくらい人に親切で、みんなから愛されています。

しかし動機は随分と異なります。

Aさんはみんなからチヤホヤされたくて、人に親切にしています。そのため、親切を他の人が見ているところでします。もちろん、動機は「私って、いい人」ということを印象づけるためです。

それに対して、Bさんは、人が困っている姿を見ると見過ごすことができません。気がつくと声をかけ、助けてしまいます。ですから親切にする対象は知り合いだけではなく、通りすがりのもう二度と会うことさえない人に対してでも行います。動機は「困っている人の気持ちがわかるから、自分でできることなら何とかしてあげたい」です。

AさんとBさんは
人を助ける(原因)→みんなから愛される(結果)

という図式が成り立ちそうですが、因果律はこんなお粗末なものではありません。
もう少し先までみてみましょう。

Aさんと知り合って、まもない人たちは「Aさんて、素敵な人だな」と思っていましたが、つきあいが長くなるにつれて、だんだんとAさんに違和感を感じるようになってきました。人に親切にしている時の雰囲気と普段の雰囲気、特に誰も見ていない素の時の雰囲気がなんだか違うのです。

その結果、少しずつAさんの元から人が離れていくようになりました。

Bさんは変わることなく、みんなから愛されています。

因果律はこのような図式になります。

Aさん
人によく思われたい(原因)→人を助ける→人気者になる→正体がばれる→人が離れる(結果)

Bさん
なんとかしてあげたい(原因)→人を助ける→人から愛される(結果)

因果律は何をしたかではなく、何のためにしたのか、つまり「動機」が「原因」になるのです。そのため、「人を助ける」というプロセスが同じでも、結果が変わってしまうのです。

そして、AさんもBさんも、他界した後、霊界で人生の振り返りを行います。

人に親切していたあの時のシーンも再現されます。
Aさんの場合、「よし、今ならみんな見ている。ちょっと優しくしてあげたら、私の評価があがるかも」と、声に出していなかった、心の声がありありと再生されるのです。恥ずかしくていたたまれませんね。

もちろん、指導霊も横にいて、一緒に見ています。
そして「あの時何が良くなかったのかわかりますか?」質問されます。
さらに「どうすればよかったと思いますか?」とさらに尋ねられ、それに気づくことができたら、再び、霊的真理を学びなおします。

つまり、何をしたかよりも何のためにそうしたのか、「動機」が大切なのです。
これでまた一つ、日々何に気をつけて生きたら良いのかがわかりましたね。

「もっとみんなから愛されたい」
そう思うのなら、ご自身の動機をチェックしてみてはいかがでしょうか。あまりにも習慣になっていて、自分で気づくことができないのなら、スピリチュアルカウンセリングで、指導霊に客観的な意見を求めてるのもいいでしょう。
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何をしてもよい

何をしてもよい | カレスティア

地元のえびす講に行きました。お宝が光をあびて輝いていました。

魂の浄化を目指してて生きるということは、随分と堅苦しくて、制約が多いと感じている方もいらっしゃるかもしれません。

でも、そんなことはありません。
実は、私たちは「何をしてもよい」のです。

自分で考え、自分で判断し、思い通りに行動する。そして、心の中でどんなことでも思ってもよいという権利が与えられています。ですから、ものすごく素晴らしいことをしてもよいし、極端なことをいえば、最低最悪のことをしてもよいのです。

ただし、その結果は自分で負わなくてはいけません。
誰かに代わってもらうことはできませんし、なかったことにすることもできません。

よくないことをしたり、よくないことを思えば、不都合な結果になります。
愛のある行動や愛を心に抱いていれば、好ましい結果が得られます。

少し難しい言葉になりますが、これを「因果律」といいます。

「因果律」は人ばかりでなく、自然や動物、宇宙にも適応される不滅の法則なのです。この法則から逃れることは宇宙も自然も動物も、富める者も貧しき者も誰もできません。

もしあなたが苦しい状況にあるのなら、それはそれ相応の行動をしたか、心の中で思っていた結果です。

将来を素敵なものにしたいのであれば、愛のある行動をし、心の中に愛を抱き続ければ良いのです。

それを踏まえた上で、いかに生きるべきかを考えると、魂の浄化を目指す生き方は、突如として、楽になるのです。「何をしても良い。しかし、結果は全て自分が負う」このことをいつも心にとどめておいてください。

どうしてこんなに苦しまなくてはいけないの?
そう思った時は、過去にそれ相応のことをしてしまったのかもしれません。スピリチュアルカウンセリングで、指導霊に本質的な原因をたずねてみてはいかがでしょうか。
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自分の魂を傷つける行為

自分の魂を傷つける行為 | カレスティア

サザンカの花を見ると、思わずたき火の歌を口ずさんでしまいます^^

前回のブログで、「人を傷つけてはいけない」ということを書きました。

何をしたら(思ったら)、他人を傷つけてしまうかは、多くの人が想像しやすいと思います。そして、実際にみなさんが思った通りの内容で大丈夫だと思います。

しかし、「自分を傷つける」ことの中には、みなさんの想像を超えるもの含まれていますので、今日はそれらについて説明したいと思います。

まず「将来を憂(うれ)う」ことをしてはいけません。

将来こうなりたい。そのために、今はこういうことをして、この頃にはこういうことをしていよう。といった、ワクワクするような未来を考えたり、想像するのは全く問題ありません。しかし「仕事ができなくなったらどうしよう」「病気になったらどうしよう」「年老いて体が不自由になったらどうしよう」といった将来に対する不安を抱くことをしてはいけません。先のことには未知数が多く、判然としないことが多いのですが、恐れてはいけないのです。

同じように「後悔」をしてはいけません。

過去のあやまちを振り返り、反省することはよいことですが、「あの時ああしていれば、良かった」「もしあの時こうしていたら、今の自分と違っていたかもしれない」と、くよくよと考え続けることをしてはいけません。

魂は現在のことを考えるのは得意ですが、過去や未来を考えるのが、極端に不得意なのです。そのため「未来を憂いたり」「後悔」をしていると、あっという間にエネルギーを奪われて、疲弊してしまいます。これらは「自傷行為」にあたってしまうのです。

次に「怒る」ことをしてはいけません」。

電車が駅に着いて一斉に乗客が降りようとしている時に、スマホを見ながら降りる人がいて、つまずきそうになったとしても、たとえ心の中でも怒ってはいけません。怒ると魂が荒ぶり、そのエネルギーが自分自身を痛めつけます。そしてそれだけでなく、近くにいる人にも影響を与えてしまいます。つまり、意図せず加害者になってしまうのです。

そして最後に「忙しくする」のもいけません。

テキパキと行動するのは良いのですが、効率を求めすぎて、度を過ぎるとあっという間に魂がエネルギー不足になってしまいます。早めに起きる、早めに出発するといった余裕をもってことにあたり、忙しくしないように心がけなくてはいけません。もちろん、ぐうたらしていて良いというのとは話は別です。

「将来を憂う」「後悔」「怒る」「忙しくする」は、私たちの常識だと決して禁じられている行為ではありません。しかし、魂を疲弊させてしまう、慎むべき行為なのです。

だめだと知りつつも、後悔している自分がいますか?
そういうときは、スピリチュアルカウンセリングで、ご自身の指導霊に相談してみてはいかがでしょうか。
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霊的真理の基準

霊的真理の基準 | カレスティア

もみじがきれいに色づきました

魂の浄化のために日々どのようにしたら良いかを理解するために、まず大切なのは「基準」を持つことです。

わかりやすくいうと「いいことと、わるいことの境界線」をはっきりさせることです。

まず、自分が生きている国の法律を守るというのは当然です。
法律は他人の肉体を傷つけない、他人や公共の利益を損なわないという考え方のもとに作られています。つまり、最低限守らなくてはいけないルールです。これを破ることは、魂の浄化以前の話です。

次に倫理ですが、その多くは守るべきです。
たとえば約束を守るとか、嘘をつかない、などです。

しかし、注意も必要です。倫理とは民族が持つ慣習を下地にしているものが多く含まれています。そのため、それを破ったからといって、必ずしも魂の浄化に反することにならないということもあります。

たとえば、同性愛。
最近ではずいぶん市民権を得て来ましたが、他人ならいざ知らず、家族のこととなると心中穏やかではいられないと思います。ではなぜ、魂の浄化において、なぜ同性愛が問題にならないかというと、そもそも魂は男性、女性、どちらも等しく経験しています。そのため、男性が好き、女性が好き、またはその両方、いずれにせよ、人を好きになる時に現世界での肉体の性別はあまり意味がないのです。

次に宗教的戒律(タブー)。
これには全くといっていいほど魂の浄化とは関係がありません。
牛を食べてはいけない、豚は不浄の生き物だ、開祖の命日にお祈りをしなくてはいけない、輸血をしてはいけない。よく考えればわかることですが、実にナンセンスです。少し極端な例をあげましたが、似たような戒律がたくさんあります。そして戒律の多くは、神ではなく、のちの宗教者たちが作り上げたものです。

では、霊的真理の基準はどこなのかというと、それは「人を傷つけない」です。

「えっ、たったそれだけ?」と思った方も多いのではないでしょうか。

実は思ったほど簡単なことではありません。
実際に行動したことだけではなく、心の中で思ったことも含まれるからです。

私たちの世界は法律に反することをすると罰を受けます。しかし、陰口や噂話、ましてや心の中で思っていることは罰どころから、誰からも非難されません。
しかし霊界の基準、つまり魂の浄化という視点だと、行動したことと心の中で思ったことは完全に同じであり、差が存在しないのです。ですから、人の不幸を心の中で思った時は、実際にその人を不幸にしたのと同じになるのです。

そしてさらに難しさを感じるのは、先ほどから上げている「人」に「他人」ばかりではなく、「自分」も含まれていることです。

自分のことを信じられない、過小評価をしている、という方は、自分の魂を傷つけていることになり「人を傷つけている」のと同じになるのです。

魂の浄化への道を歩むために「人を傷つけない」、まずこの基準を持つことが大切です。

自分はどれだけ誤まった生き方をして来たのだろうか。
そういう自責の念にとらわれた時はスピリチュアルカウンセリングでご自身の指導霊に相談してみてはいかがでしょうか。
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時間は大切

時間は大切 | カレスティア

さつまいもを掘りました


「スピリチュアリズム入門」もいよいよ大詰めになってまいりました。

これから数回に分けて、魂の浄化のために、どのようなことに気をつけたらよいか、個別のケースは避けて、なるべく多くの人たちに該当する普遍的な事を中心に解説していこうと思います。

今日はそれに先立って、まず私たちがいつも心に留めておかなくてはいけないことについて書きます。それは、「人生は思っているよりもずっと短い」ということです。

すでに解説した通り、魂に死はありません。しかし、現世で与えられた時間はとても短く、せいぜい70〜80年ほどしかありません。病気や事故といった不測の事態が発生すれば、さらに短くなってしまいます。

その限られた時間の中で、私たちは「浄化の課題」「願望」ときには「大志」を実現しようとしているのですから、「漫然(まんぜん)と生きていている」ほどの猶予(ゆうよ)はないのです。

特に働き盛りの世代の人たちは注意が必要です。

月曜から金曜日まで、夜遅くまで働きづめに働いて、精魂尽き果て、週末は遅くまで寝て、家でゴロゴロ。月曜日になったら、眠い目をこすって、体に鞭を打って出社。
一昔前はこんな生き方を美徳としていた時代もありました。

でも冷静になって考えてみてください。

家族とどのように向き合っていますか。
食事と睡眠といった効率を求めていて、大切な家族との対話を最小限に抑えていませんか。
面倒なことを誰かに押しつけて逃げていませんか。
土日のせっかくのお休みを肉体の休養のためにだけに費やしていませんか。

流されて生きていると、学校を卒業してから定年までの大切な数十年間を「漫然と生きる」ことになりかねません。そして、あれもやらなきゃ、これもやらなきゃと気がついた時には、残された時間があとわずかしかないとを知って、愕然とするかもしれません。

終末医療に関わるある看護婦さんの手記に、とても印象的な言葉がありました。それは
「人は何かをしたことを後悔するよりも、何もしなかったことを後悔する人の方が多い」というものです。

時間は大切です。

私たちは熱い想いを持って現世界に来ました。そして、現世界で生きている間にやりたいこと、したいことがあるのだということ。そのためには、漫然と生きているほど時間はないということをいつも、心の片隅に置いておいたほうがいいと思うのです。

自分は何をしたいと思って生まれて来たんだろうか?
そう思った時は、スピリチュアルカウンセリングで、あなたといつも共にいる指導霊に尋ねてみてはいかがでしょうか。
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