カテゴリー別アーカイブ: 霊界

最初に行く霊界

最初に行く霊界 | カレスティア

今日は人が他界して最初に行く霊界は、どういうところで、そこで何をするのか、ということについて書きます。

人は他界した後、すぐに霊界には行かずに、いったんパラダイスと呼ばれる霊界の病院のようなところへ行きます。そしてこのパラダイスで、現世界での疲れを癒し、波動を安定させ、霊界へ行くための準備をする、ということをこのブログでも以前お伝えしました。

このパラダイスを出ると、いよいよ霊界へ行くのですが、実は最初に行く霊界は各人の霊格に正確に応じたものではなく、かなり大まかな感じで「とりあえず」行き先が決まるのだそうです。

この話を始めてスピリットから聞いたときは、かなり衝撃を受けました。今から3年くらい前だったでしょうか。

というのは、「霊界にはたくさんの界がある。そして、親和性の法則が働くことによって、同じ霊格の似た者同士で界を構成している」ということを書物でも読んでいましたし、スピリットからも聞いていたからです。

それにもかかわらず、「とりあえずの界」へ行くということに、唖然としたのです。

この話を複数のスピリットから聞くことができ、私の指導霊にも確かめたところ、普遍性のあることと判断できたので、今回ブログで公表します。

では、その「とりあえずの界」でなにをするかというと、「霊界の生活に馴染むこと」が主目的なのだそうです。ですから、自分が生きてきた人生の振り返りや真理の教育、奉仕や社会活動は一切行わないのだそうです。

この「とりあえずの界」は、霊界に馴染むため専用の界ではなく、ここに住み、学んだり、社会活動を行なっているスピリットたちもいる界です。

そして、他界してまもないスピリットに与えられる家は、戸建てではなく、集合住宅のことが多いようです。集合住宅といってもマンションやアパートのようなものではなく、ヨーロッパでよく見られる古めかしい建物であることを何回か見せてもらいました。

そこでは個室が与えられ、一人で暮らします。時折、指導霊が様子をみにもきてもくれます。

やることといえば、散歩をしたり、他のスピリットと雑談をしたりなど、本当にただブラブラしているだけです。

しかし、この界での生活はあまり長くなく、霊界に時間はありませんが、現世界の尺度でいうと、数ヶ月程度なのだそうです。

そしてこの界をでて、次の界に移る時が、正確にそのスピリットの持つ波動・霊格にぴたりとあった界になるのだそうです。

「自分ではもうどうにもならない」そう思った時は、スピリチュアルカウンセリング で、ご自身の指導霊からの深遠なアドバイスをきいてみはいかがでしょうか。きっと、よい活路が見出せるはずです。
詳しくはホームページをご覧ください。

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成仏

成仏 | カレスティア

スピリチュアルカウンセリング やミディアムシップの時に、他界されたご家族のことを心配されて「ちゃんと成仏できているでしょうか」というご質問をよくうけます。

以前、「先祖供養は必要か」というタイトルで、「霊界は愛の世界であり、懲罰や懲らしめとは無縁の世界です」という趣旨のことを書きました。霊界は昔話や地獄絵図に出てくるような、冷血無慈悲な審判者が君臨するおどおどろしい世界では決してないのです。

人はそもそも霊界の住人であり、私たちが生きる現世界は旅行先なのです。ですから、旅をしていた人が本来の居場所である霊界に戻るのはごく当然で、自然なことなのです。

でもなぜ多くの人が家族が霊界に行けた(本当は戻れた)かどうかを気にしてしまうのでしょうか。それはもしかしたら、「供養」という言葉がもつ誤ったイメージに問題があるのかもしれません。

たとえば仏教なら、
お経を読んだり、お坊さんにお経を唱えてもらうのは、お釈迦様の教えに触れ、自分の生き方を見つめ直すためのものです。
お墓参りをするのは、お墓を訪れ、故人を思い出し、語りかけるためです。
お仏壇にお花やお菓子を供えるのは、大切な人が大好きだったお花やお菓子を霊界に届けて、楽しんでもらうためのものです。

お経を読んだり、お墓参りをしたり、お供えをしたから、成仏するのではありません。もちろん、お経を唱えてもらわないから、お墓参りをあんまりしないから、お供えをしないから、成仏できないということは決してありません。

もしそう考える人がいるのなら、お経やお墓参り、お供えが「成仏という交換条件を引き出すため」の随分と不純な動機で行なっていることになりませんか。

多くの人が「成仏できるだろうか」というような考えに解放される日が来ることを願ってやみません。

誰にも相談できない悩みがありますか?
スピリチュアルカウンセリング で、指導霊のアドバイスを聞き、いちばんよいかたちで解決してはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

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お供え

お供え

お供え | カレスティア

ナスの花


今年の夏は、連日30度を越える長く厳しい日が続いています。私は「やっとお盆を迎えることができた」という感じがしています。

お盆にお仏壇に果物やお花をお備えしたり、食卓に陰膳を用意する、というご家庭もあるかと思います。

さてお盆に限らず、私たちが日頃しているお供えは、スピリットにとって意味があることなのでしょうか。それともただ、私たちの自己満足なのでしょうか。

実は、お供えした品々はちゃんと霊界に届いているのです。

これからご紹介することは、ミディアムシップや指導霊との対話で出てきた話から、いくつかをピックアップしてのご紹介です。

まず「お花」について。
お花はそのままの姿で、霊界に住む家族のもとに届いているのだそうです。どのように届くのかというと、スピリットが住む霊界のお家に花瓶があり、さっきまで空だった花瓶が、突然、お花がいけられた状態になるのだそうです。
そしてスピリットは、届けられた花の美しさや香りを楽しむのだそうです。

次にお茶や水などの「飲み物」について。
これも、お茶はお茶として、水は水として届くのだそうです。
他界して間もないスピリットは渇きの感覚が残っていて、飲み物が届くと、それによって、癒される感じがするのだそうです。

そして「食べ物」。
これも霊界に届きます。他界してさほど年数が経っていないスピリットは、おいしく食べていた時代を思い出し、満たされた気持ちになるのだそうです。
しかし他界してからの年数が経つにつれ、少しずつ食への興味を失っていき、最初は食べ物の香りを楽しんでいますが、やがて、食べ物そのものの興味を失ってしまうのだそうです。

一方、お花をみて美しいと感じたり、香りを楽しむ気持ちは、他界して何年経とうとも変わりはないのだそうです。

お供えを通して、私たちと霊界がつながっている。なんとも不思議な感じですね。

もう一度話しがしたい大切な方がいらっしゃいますか?
ミディアムシップで、他界した方とお話をすることができます。
詳しくはホームページをご覧ください。

地獄はあるか

地獄はあるか | カレスティア

前回のブログで「他界しても審判者はいないし、裁かれない」ということを書きました。

それでは、世間でよく言われている地獄というものは存在しないのでしょうか。
結論を先に言いますと地獄はあります。しかしこれは正しい表現とは言えません。もう少し正確にいうと「地獄のようなところ」があります。

「地獄のようなところ」とはどういう意味かというとまず、ここから先が地獄、ここまでは地獄ではないといった明確な線引きが存在しません。しかし、はたから見るとまるで地獄のように見える界があります。

もう少し詳しく説明します。

私たちは他界したあとすぐに霊界には行くのではありません。まず最初にパラダイスと呼ばれている病院のようなところに行きます。ここで、現世界での苦しみや痛みを癒したのち、霊界へと移動します。

最初に行く霊界は霊格が高い者も低い者も一緒にいます。つまり、私たちが住む世界と同じような状態です。この界はスピリットたちが霊界に慣れることを主な目的としていて、あまり長居はしません。

ある一定の期間が過ぎると、別の界へと移動するのですが、このとき同じ考え方、同じ波動(霊格)を持った者同士が集まる「親和性の法則」が働きます。

界の移動は1回だけでなく、何回か行われ、そのたびにより親和性の法則が色濃く反映され、純度が高まり、さらに似た者同士の社会へと移り住んでいきます。つまり、この移動の度に、霊格が低い者たちは、その特性に従って、だまし合い、奪い合い、自堕落でより享楽的な界へと移り住んで行くのです。

しかし彼らは地獄のようなところだとは少しも思っていません。より居心地の良い方へ、良い方へと移っているのです。

このとき、より自堕落な世界へと移り住んで行くCさんを見て、Bさんは「みんなが争っていて地獄のようだ。なぜそんなところへ行くのだろう」と思い「私がいる界は人情味にあふれ、居心地がよいのに」と思ったとします。
しかし、別の界にいるAさんは「Bさんのいる界はまるで地獄のようだ」と思うのです。

つまり、「地獄とは絶対的ではなく、相対的な存在」なのです。
霊界にはこういった界が、上にも下にも無限に存在しているのです。

自分の生き方はこれでよいのだろうか?
そう疑問を感じた時はスピリチュアルカウンセリング でご自身の指導霊の意見を聞いて見てはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

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裁かれない

裁かれない | カレスティア

ナンテン


他界した後に、現世界での行いに対して裁きが行われると思ってる方は少なからずいらっしゃいます。

裁くのが神であるか、閻魔大王であるかは別として、何らかの審判を受けて、善人は極楽へ、悪人は地獄に落ちるという概念は、宗教家がでっちあげた作り話以外の何物でもありません。宗教家たちは人々に恐怖を植えつけることによって自分たちの宗教を広め、信者たちをコントロールしてきたのです。

断言しますが、「霊界に行っても、誰からも裁かれることはありません」。

私はスピリチュアルカウンセリング やミディアムシップを通して、多くのスピリットガイド(指導霊)やスピリット(霊)たちと話す機会を得ていますが、一度たりとも審判者がいるとか、裁きを受けたという話を聞いたことがないのです。

しかしです。
現世界での行いや心の中で思ったことを自分自身が後悔したり、残念な気持ちになることはとてもよくあります。いえ、むしろほぼ全ての人がそう思うと言っても過言ではないでしょう。

人は再生の計画のときに、こうなりたいとか、こうしたいという「願望」や「大志」をもちます。しかしこの世に生まれて、それらの機会や環境に恵まれたにもかかわらず、勇気がなかったり、保身に走ってしまったために実現できなかったことを霊界でとても後悔します。

そして、過去生で起こした問題点を「今度こそは克服するぞ」と強い意気込みで「課題」を決めましたが、過去生と同じ過ちを再び繰り返し、またもや課題を達成することができなかったことに砂を噛むような思いをします。

それだけにとどまらず、愛に欠ける行為や意念によって、また別な課題の元を作り上げてしまっていることに気がつき、茫然となります。

他界後、裁かれることを恐れているのだとしたら、「そんなことはないんだ」と自分を解放してください。

そういった呪縛がない人は、自分自身が悔やむことがないよう生きることがいかに大切かを考えてみてください。

「自分は思った通りの生き方ができているのだろうか?」
そんな疑問があるときは、スピリチュアルカウンセリングで、ご自身の指導霊に人生の目的について、尋ねてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

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