カテゴリー別アーカイブ: 霊界

灼熱(しゃくねつ)地獄

ラベンダーとアンズ

ラベンダーとアンズ

地獄絵図というものをみなさんも一度は見たことがあると思います。
鬼が亡者を針山に突き落としたり、ヤットコで舌を引き抜くなど、とても正視に耐えられない、おどろおどろしい絵です。

地獄というのは世界中の宗教が「信仰を持たなくてはいけない」と人々を脅かして入信させ、「教えに背くと恐ろしいことが待っている」と従順にてなづけるために使われてきた万国共通のツールです。

このブログでも以前紹介しましたが、地獄というものは存在していません。

しかし、地獄絵図に描かれている灼熱地獄の「熱」に焦点を当てると、少し該当する部分があります。今日は霊界における、スピリットの心理状態と熱の関係について書きます。

人は他界して霊界に戻ると、人生の振り返りを行います。

自分がこの世に生を受けてから、肉体の死によって、この世を去るまでの全ての行動が記録されたアカシックレコードという特別な機能が魂の中にあります。アカシックレコードには、とっくに忘れてしまっているような、一見、取るに足らないことでさえ、全ての記録が残っています。

その記録を自分の指導霊と一緒に映像を見ながら検証するのが、人生の振り返りです。指導霊は検証中に時折、再生を止めて「今のシーンについてどう思いますか」と尋ねてきます。

するとスピリットはその出来事の重要性が理解できておらず、トンチンカンな回答をします。

こういったことを何度も繰り返して、非常に長い時間をかけて、人生の全てを振り返ります。

1回目の人生の振り返りが終わると、今度は霊的真理について、集合教育が行われます。ある程度、過程が進むとまた、指導霊と二人きりになって、自分の歩んできた人生の特定のシーンだけを再び検証します。

そして指導霊から「今のシーンについてどう思いますか」と尋ねられると、前回の検証ではなんとも思っていなかった言動や行動、思考が、霊的真理からいかに外れているかということがスピリット自身にもわかります。すると、あまりの恥ずかしさにどんどんと体温が上がってき、高熱でうなされるようになります。この状態がさながら灼熱地獄のようなのです。

灼熱の反対の、極寒もあります。

霊界にいるスピリットが神の愛を受け入れることができない気持ちになると、体温がどんどんと下がります。そして、まるで極寒の地にいるような状態になってしまいます。

これは、霊界ばかりでなく、中間世にいる自殺したスピリットも同じです。
自殺をするということは、精神が極限まで平常さを失しなっています。このような状態ですと、神や指導霊、善霊といったスピリットたちの愛を受け入れることができなくなります。自身も愛からとても遠い状態です。すると、体温はどこまでも下がっていき、寒さに震え出します。はたから見ると、まるで極寒地獄のようです。

灼熱も極寒も、誰かに突き落とされたり、仕向けられてなるのではありません。
あくまでもスピリットの心理状態が、そのようにさせているのです。

自分がしてきたことは本当にそれでよかったのだろうか?
そう思った時は、スピリチュアルカウンセリングでご自身の指導霊に尋ねてみてはいかがでしょうか。
詳しくはホームページをご覧ください。

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霊界と植生

スイカズラ

スイカズラ

あたたかな春の季節になりました。木々は新緑を茂らせ、草は花を咲かせています。ところで、霊界にも草花や樹木はあるのでしょうか。今日は霊界の界層と植物の関係について書きます。

さて、先程の問いかけの答えを言いますと「霊界にももちろん、草花や樹木はあります」。さらに、私たちが住む地球では地域によって植生(地域によって異なる植物群)がありますが、それと似たような感じで、霊界は界層によって植物の生え方に特徴があるのです。

では具体的に説明しましょう。

まずは比較的低い霊界について。
魂の浄化があまり進んでいないスピリットたちが住む霊界は砂漠です。私たちが砂漠としてイメージする砂砂漠ではなく、ゴツゴツとした岩が広がる岩砂漠がほとんどです。この界層では、草や木は全く生えていません。

次にもう少し上の界について。
ここは地球で生きている間、魂の浄化とか、生きる目的についてほとんど関心がなく、かといって人に恨まれたり、問題を起こすということはなかった。しかし、ただ日々に追われて人生を終えたような人たちが住むところです。
この界層はヨーロッパの旧市街のような、石で作られた古びた集合住宅と石畳で構成されています。植物はほとんど生えておらず、公園のようなとこに申し訳程度の草が生えているだけです。

さらにもう少し上の界になると、集合住宅に加え、戸建ての家が散見するようになります。戸建ての家には庭があり、私たちの世界と同じように、少しの樹木と草花が咲いています。公園には整備された樹木や植物が植えられています。

さらに、かなり上の界なりますと、建っている建物は全てが戸建てになります。なおかつ、ゆったりとした邸宅ばかりになります。庭も広いので、何本もの木が茂っていて、草花も豊富植えられています。公園もずいぶんと広く、そこでには大木が植えれられ、きれいに整備された花畑もあります。そして道には街路樹も植えられています。

このように霊界の植物は界層によって充実度がずいぶんと異なります。より上の界に行けばいくほど、緑豊かになっていき、その種類も多くなって、花もよりたくさん咲いています。

さてここまで読んで、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、霊界では木も草もかなり管理された状態で生えています。

地球では木や草は種を作り、それを鳥が運んだり、風で遠く飛ばして、自然に繁殖していきます。そこには人の思惑というものは存在しません。だから、人が全くいないところでも植物たちは繁殖と繁栄を続けることができます。

それに対して霊界の木や草は種で増えているのではありません。あくまでもスピリットの意思で存在しているのです。ですから、スピリットがいる界層には、人を寄せつけない森林やジャングルは存在していません。

つまり、界を構成するスピリットの心のありようと植生が一致しているのです。

たとえば、自分のことで精一杯で、植物にまで気を配る余裕のないスピリットたちが集まっている界には草一本生えていません。それに対して、隣人愛に重きをおいているスピリット達で構成されている界では、草木を愛でる気持ちの余裕がありますので、植物たちが育てられているのです。

ちなみに霊界に雑草は存在していません。雑草はスピリットにとって、いらないものなので、生えようがないのです。庭の草むしりから解放されているなんて、何て素晴らしいことでしょう。

では霊界には、草花が咲き乱れる草原はないのでしょうか。

もちろん存在します。しかし、霊界として特殊な場所です。こういった草原にはスピリットは誰も住んでいません。では何のために草原はあるのでしょうか。

それは、気持ちの整理をつけたいとか、沈思黙考したいといったときに、スピリットが訪れるためにあるのです。

こういった草原は、スピリットが住む界層とは地続きでつながっていません。スピリットが草原に行きたいと願うと、ポーンと飛ばされて、草花が咲き乱れる草原を訪れることができるのです。

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詳しくはホームページをご覧ください。

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お供え物のその後

ドウダンツツジ

ドウダンツツジ

お客様から、「ブログで、お供え物をするとそれが霊界に届くと書いてありましたが、届いたお花はその後どうなるのでしょうか。いつかは枯れてしまうのでしょうか。それともずっと咲き続けるのでしょうか。」という質問を受けました。

お供えをすると供えたものが、霊界に届くというのは、スピリットから何度も聞いたことがありますが、供えたものがその後どうなるのかまで、私自身が関心を持っていませんでしたし、知りませんでした。それでさっそく、お客様の指導霊と私の指導霊に尋ねてみました。興味深い話もありましたので、このブログでご紹介します。

まずお供えですが、大切なのは、特定の誰かを思い浮かべて、その人に差し上げるという気持ちをもつことが大切です。相手のことを思い浮かべずに、ルーチンとして、お仏壇にお茶を置いただけではスピリットに届きません。

また、置くのは1つのお茶だとしても「お父さんどうぞ、おばあさんどうぞ」と心に思い浮かべると、他界したお父さんとおばあさんの元に同じお茶が届くのだそうです。霊界って、物理じゃないんですね。
それと、熱いお茶は熱く、ぬるいお茶はぬるく届くのだそうです。

お茶が届いたら、スピリットはお茶を飲みこそしませんが、香りを楽しんだり、潤いを感じながらお茶を楽しむのだそうです。そうすると、私たちがお茶を飲んだ時と同じように、お茶がなくなり、湯呑みだけになるのだそうです。これは、お菓子や果物などの食品も全く同じだそうです。

では、お花はどうでしょうか。

お花も供えたものと全く同じお花が霊界に届きます。

そしてスピリットは、花の匂いを嗅いだり、私たちと同じように部屋に飾って、見て楽しむのだそうです。食べ物と違う点は、匂いを嗅いでも、見て楽しんでもお花は消えないことです。しばらくの間は、スピリットの部屋で美しく咲いているのだそうです。しかし、それは永遠ではありません。少しずつ茶色くなって、しおれてくるのだそうです。

どういう時にしおれてくるかというと、供えた現世界の人が、その花への関心を失ったり、他のお供えに気を取られたりすると、しおれていくのだそうです。

「もし仮に現世界の人がずっと供えた花のことを思い続けていたら、いつまでも霊界の花はしおれないのですか。」と質問をしたところ、それはさすがにないのだそうです。ある程度の限界があって、やがていつかはしおれてしまうのだそうです。

そして、しおれた花はどうなるかというと、ある日突然、ふっと、無くなってしまうのだそうです。

スピリットが特別な感情を持って、花を拒絶する時以外は、しおれた花をみずから処分することはないのだそうです。

霊界へのプレゼントは私たちの想念で成り立っているのですね。

もう一度話しがしたい大切な方がいらっしゃいますか?
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